このページはあくまで小熊善之個人の責任において製作されており、坂村健先生及びTRONプロジェクト、パーソナルメディア社、並びにYRPユビキタス・ネットワーキング研究所は関与しておりません。
守秘義務の関係上、伏せ字になっている箇所があります。伏せ字の中身を御推測なさるのは結構ですが、あてずっぽうの内容を他者に広めて誤解を拡大再生産することだけはないようお願いいたします。
B.C.E.8年、初代ローマ皇帝アウグストゥスは改暦を行い、それまでSextilisと呼ばれていた月の呼称をAugustusと自分の称号に変更し、おまけに月30日だったのを31日に変更した。自分の誕生月だったからである。増やした分の一日は一年の末月であるFebruarius(2月)から差っ引かれた。
ちなみに彼の養父のユリウス・カエサルも自分の誕生月をQuintilisからJuliusへと変更してしまっているのだから、血は争えないというところか。
二人とも碌でもないことしてくれたもんだよね。それまではQuinque(5)、Sex(6)、Septem(7)、Octo(8)、Novem(9)、Decem(10)って綺麗に順番に並んでたのにねぇ。
ちなみに古代ローマ暦は春分の月が一年の始まりなので現在の3月から始まる。
しかし……権利者側団体って、そろそろ気を付けないといけない季節になってきていると思うのだけどな。コピー・ワンス問題でも大きく讓歩を迫られて、彼らとしては隨分不利益を被ったように感じているだろうけど、実際には多くの消費者側ウォッチャーはあれを解決だとは認めていない。YouTubeの問題についても、不利益を被っている人間よりも、それによって利便を享受している人間の方が遙かに多い。著作権という権利が自然権ではなく、法で定められた権益である以上、その範囲や強弱は国民の総意に基づくわけで、最大多数の最大幸福の原理を突き詰めていけば、基本的にYouTubeは肯定されてしまう。
斯様な状況に於いては、国民全体を敵に回すような行動・言動は慎まなければならないのだけれども、どうもその辺についての理解が足りないのではないかと危惧される。
朝のNHK「おはよう日本」内「まちかど情報室」のコーナーで自動返し機能付たこやき器“たこ焼き工場 トントン”が紹介されていた。
関東圏じゃ関係ない話題だなぁ思いつつも、大阪民国ではどのように受け止められるのだろうかと多少気にもなった。私の周囲の阪国人というとはくほー氏が真っ先に思いつくわけだが、恐らく彼辺りに言わせると「タコ焼きがひっくり返せない関西人は存在しない!」というところになるのではないだろうかと推測。最近とみに阪在者としての言行が目立つようになってきたイトノ氏の家には備わっているのだろうか。
反戦映画として観ることに、別に異論はありません。>小形さん
ただ、反戦映画として観せられること異論があるのです(臍曲がりとも言う(^^;)。
あと、気を付けないといけないのは、作中にニュース映画の映像だけではなく、当時作られた映画のシーン(つまり、戦中のプロパガンダ映画のフィクションシーン)が含まれていることでしょうかね。7月31日のティーチインでプロデューサのリンダ・ホーグランド女史はその件について「考証よりも雰囲気を伝えることを重視したため」というように言っていました。まあ、その程度の加工は許容範囲だとは思いますけども。
あの二つの映画を観ていて、私はとかく、日本も米国も今も昔も大して変わんねぇやな、と思ったものでした。戦争の愚かさに古今東西の差はない、と。
「ヒロシマナガサキ」の方だったと思うのだけど、女子勤労動員のポスターや映像が使われていたのだけど、これを見る側に「Rosie the Riveter」の知識があるかどうかで受け止め方は大分変わるでしょうし、寧ろ監督が米国人であることを考えれば、見る側にそれらの知識があることが前提なんではないか、と思ったりもしたわけです。
まあ、そういったところも含めて、観る人によって受け止め方が大きく変わる映画だろう、本来は、と思った次第です。
職場で哲学教育と称して本が一人一冊配られたわけだが、『葉隠』を与えられた鍋島藩士はこんな気分だったのかもしれない、と思った。
「中越沖地震における原子力施設に関する調査・対策委員会」の宮健三委員が辞任したらしい。
今ひとつ、私には、辞任に至る理由が見えてこない。
この手の委員なんてのは能力最優先、人格なんざ二の次だと思うのだが。原発が過去に例のない地震を食らったら、小躍りして歪みゲージを確認して回るくらいのイカレっぷりの方が、個人的には信用できる。胸を張って「今回の地震の結果には満足してます。次の原発にご期待下さい」とか言い放っていたら、私はファンになるね(爆)。
原子力保全工学第一人者としての宮氏の発言についてはこれまでも関係者からも疑問を呈されていたようだが、能力に疑問を附さねばならないような点は探し出せなかった。伊達や粋狂で日本保全学会会長は任されまい。
長らく原子力保全工学を研究していた第一人者として、原発が680Galもの加速度を受けるというのは、得難い機会だと思ったとしても不思議はない。なにせ原子炉の隔壁強度を確認するために、本当に飛行機をぶつけて実験したことのある研究分野なんだもの。
発言が不穏当だったことは確かだが、辞めなければならないほどだとは思わないのだけどな。人格か能力か、と問われたら、そんなもん能力に決まってるんだから。
米国での「White Light/Black Rain」の感想やらレビューやらをちらちら斜め読みすると、原爆投下の是非について棚上げしている点に、よく言及しているように感じられる。アメリカ側としてみれば、原爆投下の判断を悪し様に言われれば気分も悪かろうし、私としても益のない行為だと思う。
それ故に、監督のバランス感覚が映える作品だな、と思う。
別の言葉を敢えて使えば、日本の反戦・反核兵器運動のやり方って、本当に相手の理解を得られているの?ってことにもなるのですけども。相手に伝わらない運動なら、地下室で壁に向かって演ってればいいんだ。
Impress Watchに『「DRM普及でも補償金制度は必要」権利者側がメーカーに利益還元求める』という記事があった。
私の理解では、個別許諾・個別課金が困難であるからこその補償金であった筈で、DRMとそれに連動した課金システムが整備され普及すれば、自然と補償金制度はなくなっていくのではないだろうか。もちろん、複写使用料のようにアナログなものはどうしようもなく利権として残っていくのだろうけども。
とまれ、デジタルオーディオ/ヴィジュアルについては、良くも悪くも将来的に超流通型のシステムが生まれる可能性はある。もしそうなれば、補償金制度は意味を失う。
しかしCPRAの椎名和夫氏はそれに反対した上で、私的複製の問題は、メーカーが高度な複製技術を一般に普及させたことから生じている
とメーカからの利益還元を求めたんだそうな。正確なところは議事録が出るまで保留だけど、自分たちの存在を否定するような発言だな、と思った。
著作権という概念の発生は、印刷技術の発達に拠るものなのは論を俟たない。文字の著作物が印刷技術によって普及した後も、音楽著作は暫く無視され続けており、実演家に至っては何をか況やだった。それが劇的に変化するのはレコードの発明によるものであり、その後もラジオ、テレビ、カセットテープ、コピー機、と新たな技術が生まれ、普及するたびに芸術は新たな技術に進出し、結果として著作権は変化してきた。
それは技術の進歩によって生まれた著作権という概念が持つ根源的な性質であって、「技術が進歩したから著作権が守られなくなった」というのは著作権の成立背景を無視した殿様発言に感じられる。それが嫌なら、印刷を利用せずに手書きで本を書写し、音盤を使わずに辻で歌って投げ銭を得ていれば良いということになる。
技術の進歩の恩恵を一方で受けながら、しかしその技術の進歩による不利益は蒙りたくないというのは、人間としては実に正直な意見であると思うが、もし著作権者側がそのような我が儘を主張し妥協を拒否するのであれば、行き着く先には民主主義という名の“数の暴力”による解決が待っているのではなかろうか。私はそのことこそを危惧するが。
文藝家協会の三田氏も然程この手の摺り合わせが巧いほうだとは思わないが、椎名氏は輪をかけて下手なように見受けられる。引くところ、妥協するところ、讓れないところをもう一度整理したほうが良いように思うが。
韓国が北朝鮮との首脳外交に漕ぎ着けたようだ。
まあ、なんだ。
日本側にはもう外交的に有效な手札が殆どないので、推移を見守るしかないですな。とりあえず現段階では拉致問題を前面に出しつつ、膠着状態の打開を模索するしかないわけで、韓国のアクションと北のリアクションを見て次の一手を出すしかないわなー。
しかし平壌詣でとは、韓国も何を考えてるのかな。
そういえば先の選挙の争点の一つだったらしい事務所費問題ですが、一円から領收証を取れと言っている人達がいるようなんですけど、いくら何でもそりゃ酷い。一円の領收証のために何円かかると思ってるんだ。せめて1,000円くらいからにしとかないと、領收書切る側も面倒だろうよ。
どうも民主党の意見を聞いていると、現実を無視した耳障りの良い発言であることが多いように思う。
「米、ミサイル防衛ソフト対日供給を一時停止」という記事に、むべなるかな、と。米国側から見れば、当然とも言える措置で、日本としては何も言えない。それに日本側からは、日本製の兵器について何の情報も出ていかないのだからねぇ。
武器輸出三原則は結構なんだけど、外交的に見たときに、一歩間違えれば「日本は世界有数の軍事技術を独占している」とも取られかねないことに思い致すべきかと。
なんか画伯のblogで触れられていたんだけど、小沢一郎民主党代表の秘書に、正体怪しからぬ人物がいるという。
別に国会議員の秘書に外国籍の人間がいることは否定しませんし、怪しい人物であれば日本国籍の方が多いでしょう。
ですのでこの問題はあくまで個別事例ということなのですが、世界韓民族女性ネットワークに出入りしているような人物ってのは、ちょっとね……。そのネットワークって、確かドイツかどっかで反日デモかましてた集団でしょ?
日本の国家から給与貰っておいて、一方で反日組織に身を置くってのは、些か不見識ではないかと……。
昨年二月に発表された何もない空中に立体映像を描く技術ですが、順調に進歩しているそうな。
そのうちカラー表示が可能になったりするのだろうか。
SFなんだか現実なんだかわかんなくなってくるな(笑)。
読売On Lineに「大阪・お好み焼き定食 具多くふわり、ご飯にマッチ」という記事が載っていた。
大阪の食文化について、私は特に否定するものではないが、それが日本のマジョリティだなどという意見には反対せねばならないと固く心に誓っている。どんな料理にも八丁味噌、という風習が日本のスタンダードではないように、うどんの茹で汁による環境破壊が局所事象であるように、お好み焼きライスも日本の一部習俗でしかないと主張せねばならないと思うのです。
もしここで引いてしまえば、連中は瞬く間に日本文化を蚕食し、「道頓堀ダイブは日本の固有文化」などと言い出しかねません。
私は“鬪魂込めて”を力一杯合唱する正しい日本文化を……(略)。
昨年11月に豪洲近海で発見された甲標的の洋上慰霊式典が、豪洲政府によって営まれた由。(参考:特殊潜航艇によるシドニー港攻撃/Wikipedia)
全く、豪洲政府の心遣いに痛み入るばかり。
なんか南北首脳会談を開催することになった隣の半島両国ですが、南の首領様が「南北経済共同体」とか言い始めている。
大丈夫か?
いや、大丈夫じゃないんだろうけど。
意図はともかく、実現すれば北の経済を南が支えることになるわけで、それだけの地力が韓国にあればいいが、一歩間違えばもろとも沈沒と言うことになりはしないか。と言うか、その公算の方が大のような気がしてならないが。
平和主義者を集めて討論させた結果、「こりゃ戦争なくなんないわ」と思わせる結果を出すというのは、どういうアイロニーなんでしょうね?>NHK
桑田、パイレーツ退団。
今は素直に、お疲れ様と言ってあげたい。
「甲子園で学ラン“封印” 宇治山田商応援団「戦争想起」に過剰反応?」という記事を読んで思うのですが、この投書した人間は精神病院で治療を受けるべきでしょうよ。
学ランが戦争を想起させるなら、セーラー服は言うに及ばず、ブレザーだって戦争を想起させるでしょう。旭日旗に似ている某新聞社の社旗は大東亜戦争を煽りまくった負の記憶に充ち満ちていますね。
恐らく右を見ては戦争の残滓を見つけ、左を見ては軍国主義の名残を感じられる、過敏な感覚の持ち主なのでしょうから。
『「稀星(きらら)ちゃん」立山町駄目でも富山市OK 出生届の判断分かれる』というニュースについて、感想二点。
第一点。本来的に戸籍には「読み」はないので、読みを理由に不受理とすることは、適切ではないと考える。
第二点。「稀星(きらら)」なんて名前を付けられた娘が将来その名前で不自由するかも知れない、と想像できない親がいることは、まことに遺憾である。
せめて将来においては、国民総背番号制と共に、改名の自由を法で保証しませう。
ベネズエラのチャベスたんが、また憲法改正をするそうな。今度は再選規制を撤廢するらしい。確か前回は任期を伸ばしたのではなかったか。野党ボイコットの国会でやりたい放題、反政府系放送局の放送免許を更新させずに停波させて、同一チャンネルで政府系プロパガンダ放送局を作ったりと、隨分香ばしいですな。
革新系左翼が政権を獲ったときの典型例のような腐りっぷりに、ある種の感動すら覚えそうです。
ここんとこの群発地震について、Hi-Netで情報を確認。
しかしこの国の地震觀測網は素晴らしいなぁ。
しかし……コミケ襲撃(世界の中心で左右をヲチするノケモノ,週刊オブイェクト)って、何考えてるんだか。
「中国、太平洋の東西分割提案か 米軍は拒否」ですか。隨分19世紀的な発想ですね。
こんな考え方を持った国が隣にあり、かつ現在毎年10%以上の軍拡を繰り広げている、というのが日本が置かれた状況なのですね。
九条教も大概にしとかんと、本当に事が進んでからでは二進も三進も行かなくなるがな。今日本が取り得る責めて有效な対策は、外交と軍拡でしょうね。今以上に人的な国際貢献を行いそれをアピールし、世界における日本の地位を高めておかないといけない。
アフリカのどこかの国のように、忘れ去られた国家にはなりたくないからね。
昨日那覇空港で着陸後に炎上した中華航空所属B737-800の事故は、隨分と奇妙な事故だったみたいですね。
着陸後タキシング中に地上整備士が左の第1エンジンからの燃料漏れを確認。機長へ脱出を要請。これにより乗員乗客の緊急脱出が行われ、その最中、右側の第2エンジンが炎上。燃え広がった炎は第1エンジンにも引火し、機体は全焼。幸い、乗員乗客に死者はなかった。
地上に降りてから見つかった燃料漏れ、炎上したのは燃料漏れと反対側のエンジン、そもそもエンジンはアイドリング中という、一体どこに火災原因があるのか一目では分からない、不可解な事故ですな。
今後の事故調査が待たれるところです。
新潟県中越沖地震により柏原刈羽原発が停まってしまっている東京電力ですが、いよいよ随時調整契約顧客を対象とした電力使用制限に踏み切ったようです。
2002年の原発トラブル隠し発覚による翌2003年の夏のことを思い出します(過去日記1,2)。あの夏は偶然にも冷夏で需給が逼迫する事態にはならなかったのですが、一層の省エネに努める必要はありそうですな。
とはいえ、自転車で走っていると水を燃料にしてるような気候だからなー。
全通甲板と右舷側艦橋を持つ16DDHが進水し、「ひゅうが」と命名されたらしい。では同型艦の18DDHは「いせ」になるのか?
ロシアが戦略爆撃機によるパトロールを再開し、英国がスクランブルをかけていたそうな。プーチン先生の“強いロシア”も大概無視できなくなりつつあるよね。
本日のBGM:「RYDEEN 79/07」
『『グランツーリスモ5プロローグ』コンセプトムービー (Type C)』の720p版をダウンロードして眺めて驚く。何じゃこの怪物染みたリアリティは?
去年の『『グランツーリスモHDコンセプト』ダイジェストムービー』も大概トンデモなかったけど、遙かに上回るデタラメさだな。一体何台同時に描画してるんだか。
コンピュータとしては面白そうなんだよなー>PS3
なんぞニュースで飮酒運転が取り上げられることが増えた気がする。どうも昨年8月福岡で起きた事故からの流れ(一周年)ということらしい。
個人的には飮酒運転撲滅活動はマス・ヒステリーの類だと思っているので、できるだけ自分に影響がないところで吹き荒れていて欲しいなぁと思っています。だって、効果があるもんじゃないんだもの。
前にも書いたように、日本の飮酒運転事故は減少傾向にあり、ここで今一層の罰則の強化が効果を持つとは考えにくいのですよ。東京のように公共交通機関が整備されているならまだしも、そうではない地方では呑み屋に駐車場が完備されていたりするわけで、飮酒運転を減らすにも限度があるように思います。即效性のある方法は、恐らく市民運動家の皆様はお気に召すまいしねぇ。
改造内閣の防相は高村さんか。外務畑という印象が強いが、防衛にもその手腕を発揮するや否や。できれば防相がころころ交代するようなことは避けて欲しいところ。
舛添さんが厚労相ってのは適任でもあり、この局面でババ引かされた面もあるかな。個人的には期待しておくけど、問題が噴出する予感。
まあ何にせよ、これからがある意味正念場。頑張って下さいな、と。
日本における英語のムーブメントは幕末から現代まで、何派にも分けて訪れているわけだが、本格的に公共交通機関の案内などに英語が取り入れられ始めたのは、昭和39年の東京オリンピックの頃であると思われる。
その後昭和45年の大阪万博など、国際的な催事が日本で開催される毎に、国道の標識にローマ字表記が追加されたり(国道の青看板にローマ字表記が義務付けられたのが昭和61年)なんたりと進行し、先の2002年のワールドカップではハングルと簡体字表記がJRの各駅に附されました。個人的には加えてスペイン語とフランス語の表記があったほうが親切ではないかと思いますが、それはさておき。
戦後一貫して流入し続けた英語系外来語の侵食は止まる所を知らず……と言った感があるのですが、実際には2000年代以降減少しているのではないか、という面白い記事がありました。「時代はまわる?みゆき、ユーミン「日本語回帰」」というのがそれで、あくまで中島みゆきと松任谷由実を調べた範囲の話なので、単に年齢の問題である可能性もあるのですが、面白い傾向だと思いました。
私の関係するクレヨン社の場合は……サンプルが少なすぎますね。90年代丸ごと活動してないし……。
「チンパンジー投石、女児けが 豊橋市が3万4千円賠償へ」という記事を読んで、怪我をした女児には可哀想なのだが、寧ろチンパンジーのチンタの方に興味が沸いた。別記事によると助走をつけて石を投げ、しかも命中率も高いそうで、これは京大霊長類研究所辺りへ送り込んで、研究すべきではなかろうか。
投擲という動作は人類が進化過程に於いて獲得した能力の一つであると考えられており、上腕の稼動域の関係上、特にオーバースローは人類固有であったと記憶している。他の高等霊長類でも木の枝や石を投げるなどの動作は見られるものの、目標を狙って投擲、という動作は言うまでもなく困難度が高い。
単純な筋力であればチンパンジーの握力は300kgに達するが(注:人類は霊長類の中で重量当たりの筋力が最も低い)、投擲に必用なのはその指に握った物体を丁度よく抛出するタイミング処理であり、肉体能力というよりは脳によるその制馭能力の問題である。さらに目標物との距離を勘案し、抛物曲線を描く軌道を経験から類推して、助走までつけた全身制馭。その能力はHRP-3を遙かに凌駕する!
ちょっと調べたら「ヒトの進化過程における投擲動作の起源について」なんて論文があるらしい。読んでみたいものだが……。
ニューヨーク市の高校野球における金属バット使用禁止条例が、いよいよ施行されるらしく。
ニューヨーク市議会が今年3月に金属バット禁止条例を可決。ブルームバーグ市長が拒否するも議会は再度2/3の賛成を以ってこれを裁決。野球指導者や用具メーカーなどが条例の撤回を求めて連邦地裁で法廷鬪争を繰り広げていたものの、この度敗訴となった、と。
条例制定の理由は、金属バットによる打球は危険な迄の速度を持っているからということらしいのですが、確かに硬球+金属バットが危険なことは否定できません。でもそれは野球というスポーツが持つ根源的な問題ではなかろうか、と。
一方で世界的な野球の潮流として、ワールドカップやオリンピックなどが金属バット禁止となり、追隨して日本の社会人野球も木製バットに戻り(大学野球は元から木製バットですが)、AAA大会(サッカーで言うU-18)も木製バット専用となりました(余談ながら高野連がこれを理由に大会をボイコット。2007年AAAアジア大会代表は社会人一年目の18歳以下の選手などから選拔。早く高野連を潰して野球会議下に統一組織作ろうよ……)。総じて金属バットから木製バットへの回帰傾向が見られます。
今回の制定は危険回避のためということですが、より本質的な野球のために木製バット回帰を歓迎する向きはあるでしょうね。
ただでさえ高額になりがちな野球用品の値段の中に、消耗品としてのバットが加わることをよしとするべきか否か、という問題は残ってしまいますけれども。
それこそ技術の粹を凝らして、木製バットと同じ反発特性を持った工業バットも作れそうなもんですけどねぇ。
独逸のメルケル首相が来日してますが、注目されてるのは中国共産党の曹剛川中央軍事委員会副主席の方ですかね。政府の方では国防部部長ってことになりますが、やはり系統的には中央軍事委員会副主席という方が正確でしょうね。中国人民解放軍は党の軍隊ですから。
中国は現在毎年10%増となる軍拡を続けており、それは周辺国にとって脅威となっています。ここ数年来、行政改革の名の下に軍縮を進めている日本との軍事的不均衡は増大する傾向にあり、このまま中国が軍拡を続ける場合、日本も遠からずおつきあいしないといけなくなります。
勿論そのような事態が招来されれば、待っているのは米ソ冷戦のミニチュア版のような、経済力を軍事力へ転嫁するチキンレース、古の名台詞を借りれば「血を吐きながら続けるマラソン」というやつになります。
破局の回避には、一定以上の見識を持つ両者の上層部が話し合いの上で合意するしかありません。
で、当然のことながら中国の軍事部門No.2である曹剛川上将にその期待が集まったところですが、「中国脅威論は根拠なし、核・ミサイルは防衛的な存在」という発言を聞いて幻滅しました。夢も希望もない。
核兵器も弾道ミサイルも防衛的だというのであれば、この世界には攻撃的兵器なんて何一つ無くなってしまいますな。全く同じ論法で日本が核武装を試みたら、彼は何と言うのだろうか。
立場があるにしても、あまりにも間拔けだ。
学力とテレビゲーム 相関関係あった……。
テレビゲームをする時間が長い子どもほど学力が低くなる。テレビゲームと学力との関係について、こんな「気になる傾向」が、県の調査で明らかになった。
これは、県がことし1月に、小学4年から中学2年までの、県内すべての児童と生徒11万人を対象にした学力調査と、同時に行った意識調査の結果、明らかになったもの。それによると、平日にテレビゲームをする時間が長いほど、学力が低下する傾向があることが分かった。ゲームの時間が1時間より少ない子どもは学力が平均を上回っているが、それ以上になると平均を割り込み、特に3時間以上の場合は平均を大きく下回っている。県は、この調査結果を学校に配り、規則正しい生活を送るよう指導に生かすことにしている。
2007年8月31日(金)文字遣いに関しては過去の繰り返しになってしまうのですが、元々は「障碍者」と書いていたものを「障害者」に改めたところから過ちは発生しているので、『過ちで過ちを彌縫することはできない』という原則通り、「障がい者」へ表記を更に変更しても、何も変わりません。どうせ次は「障」の字が宜しくないと言い出すだけです。「障害者」表記を「障がい者」へ
「障害者」の表記を「障がい者」に見直す動きが、福祉関係者や民間団体の間で広がりをみせている。「害」という字に「害悪」「公害」など良くないイメージがあるため、当事者・家族が不快感を抱かないように−というのが主な理由。全国的な傾向だが、県内でも既に資料の表記を改めたり、事業所名に明記したりするケースが出ている。
県社会福祉協議会は、昨年十月開催の県社会福祉大会の資料で、初めて「障がい者」と表記した。実行委の議論をふまえた形だが、大会終了後も、社協内で作成する文書はすべて「障がい者」と改めた。また、青森市社会福祉協議会でも「障がい」の表記に統一している。
二〇〇五年十二月に開所した五所川原市の支援センターは、「障がい児・者支援センター・スタジオ ビータ」と、事業所名に「障がい」と明記した。同センターは「『障害』は当事者と社会の間にある取り除くべき障壁ととらえ、当事者としては『障がい』を使いたい」と説明している。
県をはじめ、県内十市は従来通り「障害者」の表記のままだが、県外では自治体での取り組みも広がっている。
山形県は、庁内協議や関係団体の意見聴取を経てことし三月、議会で条例を改正した。当事者の人権を尊重する観点から、可能な限り「障がい者」と表記している。四月から新課名となった障がい福祉課は「好評という意見が半分以上」と言う。
大分県庁も条例や規則は変更していないものの、昨年二月から「障がいのある人」など「害」を使わないようにしているという。
その一方で、「表記よりも社会の意識を変えることの方が大切」「『障』の字も変えるべきだ」といった意見もある。障害者の自立活動を進める団体「Pingあおもり」(青森市)の代表で、電動車いすを利用する佐藤広則さんは「『障害者』『障がい者』どちらでもこだわりはない」と語り、県身体障害者福祉団体連合会の前田保会長は「『肢体不自由者』などに言い換えた方が良いという意見もある」と指摘する。
※写真=「障がい者」と表記を改めた青森市社協の情報コーナー
東奥日報http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2007/20070831091514.asp
“救護室の白い悪魔”ことGenesisさん経由、奈良の妊婦たらい回しの件。概要はGenesisさんの日記にあるとおりなんだけど、そもそも奈良県内に産科医が72人しかいない状態では、どうにもならないんじゃないでしょうか。
奈良県の総人口は約140万人。統計によれば、20〜39歳の女性はざっと20万人弱。この出産適齡期の人口に対して72人です。この状態で何か施策を、と言っても限度があるというか、有り体に言って無理でしょう。取り敢えず産科医の数を増やすにしても日本全国どこでも産科医不足なわけですから少ないパイの奪い合い。しかも毎年辞める人の方が多い=減少中ときた。その上高給を払おうにも尾鷲の例を見るまでもなく、その必然性を理解しない地域という状態まで生まれてしまっています。(余談ですが、尾鷲総合病院は結局二人目の産科医の確保を諦め、助産師外来を開設したそうな)
正直、この状態で打てる即效性のある対策はありません。あるとしたらヘリコプター搬送くらいですが、これだってあくまで搬送時間の短縮が望めるだけで、根本的な解決ではありません。
今から産科医を増やすというなら、計画としては10年越しになるでしょうね、当たり前ですけど。でも勿論しなければいけないのですが、現在の医者不足もまた10年越しの問題であると言うことでもあります。医師不足の問題を論じるならば、過去十数年の医療行政を鑑みるべきでしょうなー。