哀愁日記
底に哀はあるの。

西紀2001年4月分

Caution!
このページはあくまで小熊善之個人の責任において製作されており、坂村健先生及びTRONプロジェクト、並びにパーソナルメディア社は関与しておりません。
守秘義務の関係上、伏せ字になっている箇所があります。伏せ字の中身を御推測なさるのは結構ですが、あてずっぽうの内容を他者に広めて誤解を拡大再生産することだけはないようお願いいたします。

目次 | 前月 | 初日 | 末日 | 翌月

2001年4月1日(日曜日)
 「反面教師のステテコ君」なる人物による掲示板荒らし対策の一環として、問題の人物を特定・排除の方向へ動く。とりあえずプロバイダの返答待ちではあるが、必要とあらば該当プロバイダからのアクセスを拒否する予定。もし巻き添えになる方がいましたら申し訳ございません。運が悪かったと諦めて下さい。

 朝までチャットしてて、んで午後は秋葉原へnyちゃんのお買い物の付き添い。彼が本屋を丸ごと買い占めるのを実力行使で止める役。

 帰りの電車に乗ったら「小熊君?」と声をかけられる。
 誰であろう、田畑図書館情報大学副学長でありました。
 偶然というかなんというか……。
 狹いぞ、日本。


2001年4月2日(月曜日)
 今日から実質的な新年度。
 情報公開法が施行されたり、消費者契約法が施行されたりと、わが職場とも縁(ってゆーか業?)の深い変化があった。
 別にうちは政府関係機関でもなんでもないのだから、余波を喰らったとでも言うべきなのか、それともこれまでの政府の怠慢のツケを払わされたと言うべきなのか。その怠慢に甘えていたところがあったと言うべきか。私には何とも言えないけどね。
 ま、きっちりやればいいんですよ、きっちりと。

 文字鏡関係で、ページを一つ増やした


2001年4月3日(火曜日)
 朝晴れていて、昼過ぎに一時土砂降り。夕焼けが見えて、そしてまた雨がぱらつく。そんな天気。

 ボーイングが747Xを諦めてぶち上げたのが、亜音速旅客機。マッハ0.95以上で旅客機を飛ばそうというのだから、なかなかのもんではある。
 しかし、その形がね……。もちろんまだコンセプトデザインの段階であって、この姿になると決まったわけではないのだが、なんというか、「飛行機はカタチで飛ぶんじゃない! 流体力学で飛ぶんだ!」っていうか、FBW万歳というか。
 人間だけじゃ飛ばせないだろうなぁ、この機体。
 コンピュータの演算能力の長足の進歩により一気に花開いた流体力学のお陰で、昨今の飛行機と来たら、伝統的な航空機のデザインセンスからすると、一体どこをどうやって飛んでいるのか納得しづらい奴が増えてきた。飛び方の方もFBWによるCCV技術の一般化で、プガチョフコブラからジャックナイフに至るまで、何でもござれの感が強い。
 別に悪いわけじゃない。
 ライト兄弟からまだ百年も経ってないことを思う時、進歩って凄いなとか思うだけである。


2001年4月4日(水曜日)
 二人ほどから、ボーイングの新型に関して、「超音速やらないのか」という感想を聞いた。
 超音速旅客機は、これまでコンコルドとTu144だけが実用化され、Tu144は事故の多さから既に引退して久しい。コンコルドも、開発元の英仏両国が意地になって運用している感が強い。将来はともかくとして、現在は超音速旅客機というのは、コストパフォーマンスの悪い飛行機である。
 超音速で飛ぶことが難しいわけではない。いや、十分に困難なことではあるが、超音速で飛ぶ飛行機を作ること自体は、技術的には隨分と古い領域だ。頑丈な機体と十分な推力があれば一応可能ではある。
 しかし、これが旅客機となると話が違ってくる。
 人間という荷物を載せて、航路の大部分を超音速で飛ばねば意味がないのだ。超音速戦鬪機のように、アフターバーナーを焚いて数分間超音速でぶっ飛べば良いというのとは意味が違う。
 もちろん、この世にはウェーブライダーという恐ろしい超音速飛翔体の形式があり、その形態を採ればさほど無理せず超音速で巡航することができる。
 しかしそれであっても、超音速飛行に付き物のソニックウェーブから身を守り、可能な限り空気抵抗を減らすために胴は細く絞られることになり、機首は鋭く尖る。翼もデルタ翼たることを余儀なくされ、エンジンはその胴体に不釣り合いなほど巨大になる。
 つまり、とことん輸送機には向かない形になってしまうのだ。
 さらに発生するソニックウェーブは地上にまで影響を及ぼすため、航路は極めて限定されてしまう。陸上は言うに及ばず、有人島嶼の多い海域ですら飛行不能となる。最近では野生動物の棲息環境にまで気を配らないといけない。
 このような状況下では、超音速旅客機が超音速で飛ぶことは非常に困難なのだ。
 亜音速旅客機というのは、経済効率から考えた選択肢としては、一つの最適解ではある。
 面白味に欠けるってのは確かだけどね。

 大都社って凄い会社だよね。だってあの『ダイテンジン』をコミック化しちゃうんだもん……。
 いや、今日本屋で見掛けた時はホント驚いたっす。
 とりあえず私はスカーレットウィザードの最終巻を無事Getして帰ってきたんですけど。榎木洋子の新刊と。犬上すくねの新刊と……。
 平穏な一日でしたね。


2001年4月5日(木曜日)
 春全開って感じの一日でしたね。

 文字鏡問題見てて思うんですけどね、TRONファンって恐いですね。Offとかで会うとみんな馬鹿話で盛り上がってる駄目人間ズなのに、一旦スイッチが入るとものすごーくコワい人達になってしまう。
 みんな星達の眷族の祖先ですな。

 仕事帰りに秋葉原によって、ちょっとMS-Excelの参考図書を搜そうと……。しかしなんというか、ワンコーナーを形成するほどの入門書やら解説書やらの山に圧倒されちゃいましたよ。結局買ってきたのは関数のリファレンス本。私以外の人間も参照することを少し考えて選びました。
 思うんですけど、ああいうのって外国語と一緒で、やりたいことが把握できてれば、あとは単語(関数)と文法の問題ですよね。一つできればあとは一緒……とまでは言わないけど、あんな仰々しい「初めての〜」「できる!〜」とかって本、必要なんですかね?
 あ、勿論私、外国語苦手っすよ。蒙古語やチベット語なんて、読む以前の段階で挫折してますもん。

 秋葉原に行くのに神保町を経由したのですが、なぜかA7出口から御茶ノ水に到達するまでに一万円近いお金が消え失せていた。なぜだ……?


2001年4月6日(金曜日)
 入学式の集中日だったらしく、朝から着飾った親子連れを多数見る。制服を着た幼稚園児や、おめかしした小学校児童。一部特殊な趣味の持ち主さんたちには堪えられない一日だったことだろう。先年、法律ができてからというもの、かの趣味の方々は肩身の狹い思いをしてらっしゃるようですし。
 あ、僕は関係ありませんよ、もちろん。

 明日はBTRON Clubだ。


2001年4月7日(土曜日)
 大崎ゲートシティでBTRON Club。最初にBTRON-Club.orgの話があったりなんかして、とりあえずあそこからリンクは張ってあるということは坂村先生の逆鱗には触れていないと言うことらしい。張ってないのは、普通にリンクを辿っては行けないところか、あるいは先生の怒りを買ったページということか。
 このサイトもリンクが張ってあるので、多分まだ大丈夫なのだろう。

 二次会、三次会で話す裡に思ったのだが、最近の高校生は結構偏った教育を受けているようだ。偏っているという意味では、BTRON Clubの常連達というのは、誰も彼も相当偏った知識の持ち主なのではあるが。彼の場合、偏り具合が足りないような気がする一方で、私のような全方位常識人でもないという辺りに半端な雰囲気が漂ってしまっている。問題だな。

 大崎ゲートシティで見掛けた変な物。
 「電動非常口」
 ……。
 電気が切れた時はどうするのだろう?


2001年4月8日(日曜日)
 朝から国立科学博物館へGo! 「情報世紀の主役達」を見てくる。国立博物館群はこの四月から独立行政法人化されていて、営業やら何やら、結構大変そうだった。科博にいたっては長期の大改築の真っ只中だし……。
 それはともかく、展示は非常に面白い物でした。同行のnyと岸本さんの解説付きだったので、私大文系な私としても非常に勉強になって良かった。
2001年4月9日(月曜日)
 昨日のことですが、書店で『危險がウォーキング』の復刻版が出ていました。エンターブレインから。思わず買っちゃいましたよ。
 星里もちるといえば、今は『本気のしるし』で、その前が『オムライス』『結婚しようよ』『りびんぐゲーム』と多少年齡の高めの青年向けの雑誌で連載を持っているけど、そのデビューはキャプテン(正確にはプチ・アップルパイ)なんですよね。ちなみにキャプテンでは『危險がウォーキング』の他に『いきばた主婦ランブル』『わずかいっちょまえ』など。
註:小熊は特に星里もちるファンというわけではありません。
 話は戻ってデビュー作『危險がウォーキング』ですが、元のSCコミックス版の2〜4巻のカバーの裏に「星里もちるカバー裏劇場」というマンガを描いていたことは良く知られています。残念ながら今回の復刻版ではカバーの裏は別用途に使われていて、かつての「星里もちるカバー裏劇場」は未收録となっています。他にも1巻に收録されていた読み切りとか、どおすんのかね?
 なお、星里もちるの他にカバーの裏に絵やマンガを描く漫画家というと、麻宮騎亜や天王寺きつねなどが挙げられますね。
 かくしてコミックを買うたびに、カバーを剥いで表紙とカバー裏を確かめる読者の一丁上がり……。

 かなり調子の悪かった職場の私のPCだが、今日NICをnyちゃんから讓り受けた3comの3C590に替えたら、劇的に改善した。しかも体感パフォーマンスまで上がって……。
 色々な状況証拠から、ホシは恐らくNICと睨んではいたものの、ここまで見事に差が出るとは。
 NICは少々高くても良い物を買うべきなのだと思い知りました。


2001年4月10日(火曜日)
 なーんか最近ヤバい気がする。
 やりたいことを把握するのと、式が頭に浮かぶのが殆ど同時だ。わたしはπちゃんやnyちゃんとは違って、ごく普通の一般人なのだが。“ウィザード”とかいうまどろっこしい機能なんか横に放って、直にSQL書いたりし始めてるし。まずいです。
 このままだと一般社会生活を送るのに差し支えが出るような気がしますよ。ええ、ホント。
 終いにゃ日本語よりSQLの方が得意とか、アホなことを言い出しかねん。

 宇宙ステーションも大変ですねぇ。同情いたしますわ。

 先日のBTRON Clubで「自分のWebページの紹介をしろ」を坂村先生に要求された挙げ句、「私が見て怒らないようなページだろうな?」と確認されしまったこのサイトですが、やはり黒い以上はそれなりに毒のあるサイトを目指すべきなのだろうか?


2001年4月11日(水曜日)
 オランダで安楽死を合法とする法律が成立したとか。
 人間生まれてくることを選べるわけではないので、死ぬ時くらい自由に選んでもいいんじゃないかという気はする。でもそういう話題が出るあたり、先進国だよねぇとも。
 人間満ち足りてくるとロクでもないことを考え始めるもの。

2001年4月12日(木曜日)
 タイトな一日だった。

 人の感じ方なんでそれこそ人それぞれなんだろうけど、アレ読んでまだアンケートに答えようっていう人がいるってのは、凄いことだ。
 もし100人の回答があり、かつ文字鏡研究会の賛助会員になってもいいと言う、捨身飼虎の境地に到達している人がいたとすれば物事は万事丸く收まるのかもしれないが、普通の凡俗である私が考えるに、公開・非公開を含む著作者人格権の制限を食らうような条件を呑んでソフトウェアをしかも金を払って開発するというのは、摩訶不可思議な話だと思う。
 ボランティアって言うのか、それ?
 んでもし100人の回答があって、かつ作業要員が手に入らなかった場合、「BTRONユーザの協力が得られなかった」と言われて、アンケート結果はエクスキューズに使われるだろう。
 100人の回答が最初から集まらなかったら、「BTRONユーザからの要求は事実上なかった」と言われるわけだ。
 このアンケートが、98年とか99年初頭に行われたものなのであれば、私もその趣旨を理解するにやぶさかではないのであるが、既に私が開陳したとおり、文字鏡は自らの決定によりBTRONへフォントを提供し、また自らの決定によりそれを撤回した経緯がある。今更何を言いたくてあのアンケートを実施しているのか、理解に苦しむ。
 私の個人的意見は次の通り。
文字鏡研究会は、自分達の責任を自分達の手で果たすべきであり、それを我々に押し付けるのは不合理が過ぎる


2001年4月13日(金曜日)
 某駄目人外画伯その日記で、
ところで良くTRONコミュニティーで話題に上る「変体仮名」についてTRONコード上での取り扱いについて常識者に聞いてみたところ
「文字属層上では1コードでスクリプト層上で区別するのがTRON的な解決でしょう。」
ということなのでTRONで筋違いなアンケートなどする文字セットを使う理由はまったくないようですよ。
と書いていたが、誤解も甚だしい。
 どのくらい誤解かというと、「一般相対論がエーテルの存在を否定している」というくらい非道い誤解だ。
 スクリプト層上にどのようなグリフがマッピングされているかという問題は、過少であれば問題になろうが、過大であることに於いては殆ど問題はない。力づくでやっちまえば良いのだ。後始末は大変だろうけど、多分私がやるんじゃないから知ったことではない(炸裂)。スクリプト層上のダブルコーディングは、実裝上の問題として残るかもしれないが、文字属層構築の上では殆ど問題ではないのだ。
 つまり何が言いたいかというと、某大規模文字セットがあろうがなかろうが、別の変体仮名文字セットが存在することに問題はないと言っているのだ。
 文字鏡問題については、現在TRON-Crossingで主に発言がなされているので、意見がおありの方はそちらの方へ。

 先月亡くなった児島襄の『天皇と戦争責任』を職場の大先輩に戴いて読む。
 なるほど、これはルポタージュなんだ、と感じる。
 これが最初に発表されたのは1975年だというが、その当時は、恐らくこの程度の説明で足りたのだろう。戦前・戦中世代が世間の大半を占め、戦後世代が漸く親となり始めた頃のことだ。
 別に内容が悪いというのではない。ただ、その書き方が、Time Proofに耐えられないものだったというだけだ。(Time Proofに耐えられる書き方は、恐らく当時の人間にとって過剰な説明と感じられただろうが……)

 某掲示板荒らしに対して科していたアクセス制限を、本日解除。
 プロバイダ側との話し合いがついたため。


2001年4月14日(土曜日)
 久しぶりに家事に費やす休日。
 その後、いろいろと書き物をしている裡に午後になり、ちょっとお出かけして買い物をして帰ってきて読書……。
 いい一日だった。

2001年4月15日(日曜日)
 職場のマシンのNICを買いに秋葉原へ行く。
 先日Nyちゃんの協力でNICがトラブルの原因と分かったので、同じNICを使っているPC2台のNICを一気に交換する予定。本当は同じメーカーのNICは構わず全部交換してしまいたかったのだが、一応トラブル源と確定できているものだけにした。
 私はNICには詳しくないので、Nyの援護を仰ぐ。なにしろNICをコントローラチップの型番で呼ぶ男であるから、このような時にはうってつけというもの。
 とりあえず悪くない買い物はできたはず。

 その後ふらふらしていると、ふとあきばお〜参號店でCD-Rメディア100枚2,899円などという物を見て絶句する。大体29円くらいの販売単価。CD-R一枚あたりの特許使用料は6円だそうであるから、20%はパテント料ってことになる。輸送コストやら中間マージンを差っ引いた製造原価を考えると、本当にこれって利益が出てるのだろうかとか考えてしまった。
 とか言いながら買ってきてしまう私……。1/3が不良ロットだったとしても、そこいらの50枚より廉いんだもん。

 ソフマップの中古屋で、OKI DATAのMICROLINE 905PS IIIがあった。リアル1200dpi(もちろん重合トナー)のモノクロPostScript 3ページプリンタというとんでもないシロモノで、定価が100万円近くしたもの。一体いくらで売るのだろうかと値札を搜したが、値札がなかった。
 店員に訊くと、交渉中だという。
 周囲のページプリンタは軒並みとんでもない廉値がついている。恐ろしい。この905PS IIIが一体いくらになるのか……。


2001年4月16日(月曜日)
 1時間半ほど早出して、NICを替えたりバックアップ作業をこなしたり。その間に訃報をチェックしたり……。
 そのまま混沌の一日。

 早出すると、街の知らない一面を知ることになる。
 駅へ向かう途中出会ったのは、様々な制服の群れ。
 地図上では知ってたのだが、この辺りは幼稚園から小中高と公立・私立の学校が林立しているので、こういうことになるのだな。
 一体何種類あるのやら、全然わからん。
 きっとその道のプロ(なんだそりゃ)ならば、制服を見ただけで「○○中学×年生!」とか言い当てるのだろうが、その辺の知識が全くない私としては、「はー。こりゃまた色んな種類があるもんだ」と感心するのが精一杯である。
 それから。ポニーテールの娘ってホントいないもんなんですね。


2001年4月17日(火曜日)
 なんか気付くと新聞一面は全部国がひっくり返ったかと思うような騷ぎですねぇ。前回の反省ってないんだろうか?

 Tottoさんとこの掲示板も無事再開されました。
 いやはや迷惑な人間もいるものです。メールアドレスすら書かずにさんざんっぱら意味不明な書き込みを続けた挙げ句に暴言とあっては、本来ならプロバイダから追放されても文句は言えないところですね。
 よく、ネットワークの匿名性とかいう言い方があるけど、現実にはそんなもんまずないんですよ。
 きさらちゃんとことTottoさんとこを荒らした人も、BTRON.com-BBSを荒らした人も、きっとその辺巨大な思い違いをしてらっしゃったんでしょうねぇ。
 プロバイダは匿ってくれてるのではなくて、通信の秘密を守っているだけなので、不法行為には相応の報いというものが追っかけてくるんです。それはもう、プロトコルの向こうから(笑)。


2001年4月18日(水曜日)
 朝、常務理事の訃報が舞い込み、書記局の通常業務は停止状態に。
 せ、戦力の不足が深刻です……。

 Tottoさんとこの掲示板ですが、荒らし屋が舞い戻ってきてしまったため再度封鎖です。また、このサイトも荒らし屋が利用していたmiteneからのアクセスを全て拒否するよう設定しました。
 本件については相手方のプロバイダであるmiteneと交渉をしております。事態の平穏な收束を望みはしますが、期待はしてません。


2001年4月19日(木曜日)
 今日はお通夜。明日は告別式。書記局は開店休業が続く。こりゃ土日出勤しないと仕事が片付かんね(溜め息)。

 台湾に米国がイージス艦を売却するかどうかで、結構際どい問題になっている。
 正直言って、台湾がイージス艦を持っていたとして、十分な運用ができるとは思えないのだが、台湾に一隻、米軍の指揮下で運用できるイージス艦が常駐しているというのは、パワーバランス的にはかなり強烈だ。
 イージス艦という艦種は、単体での攻撃力はさほどではない。重要なのは、情報の統合・分析・指揮能力だ。ハードウェアとしてのイージス艦は、フェイズドアレイレーダーを積み込んだ巡洋艦(or 駆逐艦)でしかないが、イージス艦のC3Iを中心として艦隊(+航空部隊)を運用し、戦場をコントロールするそのソフトウェアに、真の価値がある。
 艦を売るということは、その運用ノウハウも一緒に提供するということだ。
 イージス艦を運用しているのは、世界でも米軍と自衛隊だけ。この艦はとにかく保守運用に金がかかるし、こいつに追従できる艦隊を揃えるのも一苦労だ。
 台湾軍がこれを持っていても、使いこなせない可能性は高い。
 しかし、事あった時に、米軍と有機的に連係できる艦が1隻、あるかないかは相当違ってくるはず。
 さて、米国はどのような判斷を下すであろうか。


2001年4月20日(金曜日)
 今日は告別式でした。

 朝、NHKの番組で、米ジョージア州州旗が変わったと報道していた。しかし私が驚いたのは、旧デザインの方でして……。
 嗚呼、堂々と描かるるは南軍旗
 うーん。南北戦争は、米国内における奴隷解放の鬪いと日本では理解されているが、どちらかというと、米国内において、奴隷の存在によって成立していた経済圏と、それなしで成立していた経済圏の、覇権戦争的な側面が強い。
 遡れば合州国成立時における力関係とか政治的駆け引きとか、その後の米国の拡大の中で蓄積した歪みとか、色んな物がごちゃごちゃに絡まりあって、最後の最後に、奴隷州と自由州の対立という形で火を吹いたわけである。
(常識ではあろうが一応補足:奴隷州とは奴隷の存在が合法である州。暗黙の了解として、新しい州の加盟に際しては、奴隷州と自由州の数が等しくなるように手が回された。西部拡大とともにこのバランスが崩れたことも南北戦争の一因。両者の境界が北緯36度30分の通称「ミズーリ協定線」である。以上、米国史の基礎)
 負けてもなお自らの正義を謳いあげてるあたりがとてもアメリカ的だなぁとか思うのだが、流石に人権団体他からの圧力によってこれを廃止したというものらしい。
 ミシシッピ州も同じく南軍旗をデザインに取り入れているが、住民投票によって是非を問うらしい。


2001年4月22日(日曜日)
 21日。雨の土曜日だが出勤して仕事。

 デンパ大阪が上京してきているというので電話をかけるとULISにいるとか。泊まるところがないようなのでうちに泊まるか?と勧める。
 てっきり東京国際ブックフェアに行くために上京してきたものだとばっかり思っていたが、実は単に高田明美原画展へ行くためだけだったらしい。現役図書館員がそれでいいのか?
 仕事を19時で切り上げて、糸野に電話をするとアキバにいるというので、虎の穴二号店で待ち合わせをする。約30分で到着し、4階へ直行するも糸野はおらず、疑惑を感じながらも3階で落ち合う。2階へ移動し、佐藤ケイ『天国に涙はいらない』電撃文庫を勧める。99ページの10〜13行目などを読んだあと墜ちていく糸野は何か負け惜しみを言っていたが全て遠吠えである。
 全てお見通しなんだよ(笑)。

 王子神谷駅前のデニーズで夕食を採っているところに、今度は竹居さんから電話。新宿から襲撃予告。
 かくして我が家は強烈なデンパによって完膚なきまでに汚染されてしまう事が決定したのである。

 竹居さんの持ってきたクッキーを肴にお茶を淹れて、3人で怪しい話を数時間。気がつくと日付も変わっており、竹居さんも帰還不能となり、宿泊決定。二組の布団を客に供して、私は書庫で寢袋にくるまるのであった。
 今地震来たら一発で死ぬな、と思いながら……。

 22日。
 客人は昼過ぎには去り、私は洗濯機を回す。本当は今日も出勤しときたかったのだが(書けてない原稿が多数あり、埋めたかった)、体力の方がついてこなかったため、しょうがなく『電撃ガンパレード・マーチ』を読みながら「まったりと」©きさらちゃん過ごす。


2001年4月23日(月曜日)
 書店へ行くと、流星ひかるの新刊があった。『ボクらがここにいる不思議』。某少年ドラマシリーズが好きだった人向けSFファンタジー少女漫画(なんだそりゃ)。
 ここにこう書いておくと、一部の人に本屋へ突貫する用事が発生する。さらに極一部の人は……

 靴屋に行って靴を買う。
 今年の1月に買った記載があるので、3ヶ月かそこらしか経ってないことになるのだが、靴底のパターンは磨滅して、爪先などは削れてしまっている。靴屋は呆れていた。
 今のモデルは、履き心地こそよいものの、耐久性に難があるんだよなぁと思うものの、靴屋に言わせると、この手のスニーカーを3ヶ月で履き潰す方が普通じゃないということになる。


2001年4月24日(火曜日)
 冷房嫌い……寒いっす。
 頭痛がしてます。だからとっとと寢ます。

 TRON Crossingも盛大に火ぃ吹いてますねぇ。


2001年4月25日(水曜日)
 きょっおっわー、たのっしっいー、配本日っ(炸裂)。

 政局いよいよ混迷し……って感じですか。小泉さんが自民党総裁になったことによって、少なくとも約一年、自民党は時間が稼げたわけだ。どういう意味かというと、「例え小泉政権が結局かつての自民党政権と同じ結果に終わったとしても、そのことに国民が失望するまでの間は政権政党でいられる」ということ。
 もちろん、各種の改革が実行され、日本の政治と経済を立て直した立て役者として小泉さんの名前が日本史に刻まれる可能性もないわけではないが、私はあまり楽観的にならないことにしている。
 日本は豊かな時にこそしなければならなかったことをしてこなかった。そのツケをこれから払うわけで、楽観的な予想などしない方が良いに決まっている。
 しなければならなかったこととは、突き詰めれば先行投資であり、未来を見せること。
 夢は見るものじゃない。見る者は追う者であり、先達は見せるものだ。
 それを正義として確信させることが、国家という系には必要なのだ。


2001年4月26日(木曜日)
Q1:喉が渇いて自販機の前までやってくると、そこには見知らぬ新製品、それもかなり怪しそーな奴が。どうしますか?
「もちろん挑戦だ!」
Q2:お腹が空いてふらりと入った食堂で見たメニューに、どうやっても味が想像できない怪しい品書きが。どうしますか?
「当然、挑戦だ!」

 かいしんの いちげき!
 おぐま は 10,000 ポイントの ダメージを うけた。
 おぐま は うごけなくなった。

 というわけで、人生を平穏に暮らすためには保守あるのみであることを改めて悟った一日でありました。


2001年4月27日(金曜日) part 1
 世間は明日からG.W.だそーですね。
 中には超大型連休を楽しむ人もいるそーで。羨ましい限りDeath。
 ちなみに私のG.W.の予定は、読書と書き物と同人イベントでございます。G.W.進行で刊行が早まった文庫が8冊程も積み上げてありますので、三日くらいは大丈夫じゃないかと。それがなくなっちゃったら、とりあえずは本の整理でもすれば……。

 ガンパレード・マーチサントラ『幻想楽曲』とマキシシングル『突撃行軍歌』が届きましたよ。なんかポスターやらテレカやら葉書やらついてきました。なんかこの調子でドラマCDにも手を出しちゃいそうで恐いです。
 とりあえず二枚に別れていると面倒なので、『突撃行軍歌』收録のvocal曲と『幻想楽曲』の方とあわせたCDを一枚焼きました。なんとか80分メディアに收まりました。うーん。こうなってくると、80メディアでもやや物足りないよなぁ。かといってMDLPってのも芸がないし。
 ま、というわけで本日の日記のB.G.M.はガンパレード・マーチなのです。

 国立国語研究所の「海外WWWブラウザ対応の雑誌90種データ検索システム」。
 相手のシステムが日本語非対応でも……ってあたりは、某ULISMHTMLを思わせる仕掛けですが(笑)、表示には文字鏡フォントを使っているようです。
 しかし不思議なことに、例のロゴはどこにも出てきません。
 きっと契約内容が違うんでしょうね。


2001年4月27日(金曜日) part 2
 B-right/V R.3.010バージョンアップの詳細を読んでいて。
4.の「全般的な不具合への対応」の次の項目を見て、私ゃ目を剥きましたよ。

  • 「基本文章編集」において、以下の不具合に対応しました。
    • 字下げ付せんにより字下げの効果は、改行コード、または行間隔指定付せんや行揃え指定付せんによる自動的な改行では解除されずに継続するように変更しました。なお、「印刷」も同じレイアウト結果となるように変更しました。
      ※TAD 仕様書では、行頭移動指定付せんの効果は、 改行で解除されると明記されていますが、TAD仕様書の誤記であることが確認されたため変更しました。

 行書式指定付箋の「行頭移動指定付箋」の記述を書き換えるだと?
 今になってそんなことを言うのか?
 行頭移動指定付箋がサポートされたのがいつのことだと思っている? その時からこういう意見はあったハズだぞ。
 何しろ俺が言ったんだからなっ
 まだFPMC時代だったよーな気すらするぞっ。
 誤記だなんて嘘だ、絶対

2001年4月28日(土曜日)
 R3.010でVESA 3.0対応ビデオカードでリフレッシュレートが変更できるようになった……んですが、恩恵が受けられません。
 私が使ってるのはMatrox Millennium G200なんですけど、こいつはちょっと問題アリでして、最新のBIOSにアップデートするとVESA 3.0対応になる代わりに1600×1200の解像度が使えなくなってしまうんですね。
 超漢字で1600×1200を使うためにわざわざBIOSのアップデートを止めてるもんで、VESA 3.0対応の恩恵が受けられない……。
 Millennium IIに対応したんだったら、ついでだからG100、G200、G400、G450とかにも対応してくれると嬉しいなぁ。>PMC
 とりあえずMatroxに要望のメールは出しとくか。

 あ、今日はFTRONのチャットか。


2001年4月29日(日曜日) part 1
 結局俺はこういう役回りなのか!(血反吐)
2001年4月29日(日曜日) part 2
 昭和節。「みどりの日」なんて名前だと聖パトリックの記念日みたいだよね(そのネタは一昨年やった……)。

 昨夜(というより今朝方)のチャットで「部首の数はたった214」という話をしたんだが、その後nyちゃんが「8bitで表せる」って言った。
 夜になってふと、馬鹿なことを考えた。漢字コードの先頭2オクテットをこいつに当てたらどうだろうか、と。最初の1オクテットを部首番号に、次のオクテットを部首内画数に当てる。ついでだから次のオクテットを総画数にしてもいいな。
 そうするとあら不思議、部首画順のソートが可能に……(笑)。
 どうせ今になったら、文字コードなんて何バイトあろーと処理がどうこうとかデータ量がうんぬんとかって言われることないわけだから、思い切りリッチに情報を盛り込むという提案なのだが、ちなみに一部の漢字について画数論争が起きるかもしれない点については考えないことにしておく。
(万能の解決などないというお話)

 NHKスペシャル21世紀最初の年間特集は「宇宙」。今日は宇宙と生命の話でした。光学異性体の紫外線にたいする特性の違いの話とか、結構興味深かったですね。私たちも宇宙の一部なんだなぁとか。


2001年4月30日(月曜日)
 雑誌を読んで過ごした振替休日。
 っつーか、買うだけ買って読んでない雑誌が数冊あったので、片っ端から片付ける。もっとも、雑誌というものは隅から隅まで読むものではないので(無人島にでも漂流したんならともかく)、輕く片付くさ……と思いきや、全部は片付かなかった。
 うーむ。
 小説誌が4冊程度だからどーとでもなると思ったのだが甘かったか?
 さらにその後、未整理だった同人誌を整理する。DBへの入力をしていて思う。
 超漢字にRDBが欲しい、と。

 あと、撮り溜めていた「プロジェクトX」も一月分ほど一気に見たんですけど……あれですな、なんというか、人間分を弁えて生きろっていうかなんていうか。
 私ゃ平穏無事に生きたいもんです。