今日はシューレの学生ゼミの日。
自己紹介で「古株ですが恐くないので臆せずに発言して下さい」と言ったら笑われた。
謎だ。
面白かったのは、最期の最期、nam21の方の発言があってから。
子供に選択肢を与えない教育より、子供が選択できる教育システムの方がまだマシなんだろうが、子供が自分で選択肢を用意できるシステムを目の前にすると、その彩は急速に褪せるもの。
そういうこと。
あ、3.03にバージョンアップ?
明日はSioさんの結婚式だ。
じゅりちゃんが前日上京して私の家に泊まった。
「茄子尽くしでおもてなしと、ファミレスと、どっちがいい?」
と訊くと、ファミレスを選んだじゅりちゃん。そう。彼は茄子が嫌いなのだった。納豆も嫌いだそうだ。
好ききらいはいけないと思うぞ。
我慢の時間は15時半で終わる。なにしろ我が一族は遺憾ながら儀式というものとは相性が悪いのだ。それは一族唯一の常人である私にも残念ながら当てはまる。
式が終わった後、じゅりちゃん、タオさん、ヨッシーさん、歩さん、ミツルん(敬称なし)で神保町へ出向く。
コミック高岡と書泉ブックマートで本を買い漁る外道ども。
ミツルんは福岡の書店で残っていたちぃのマウスパッドを全部買い占めたとか言っていた。
本を抱えてTEA TAKANOで茶を喫し、御茶ノ水駅へ。
中央・総武線で秋葉原下車。ここでヨッシーさんと二人になって、パーツ屋を覗く。K6-3E+ 550MHzが198,000とか見るけど、費用対効果が全然割に合わん。それだったらM/B替えてDuronでも積んだ方がとか思うぞ。
最後に食事をして別れる。
披露困憊して家に帰ってくると、デンパ大阪から電話。頼んでおいたものが見つかったという。
言うまでもないが、オタクなアイテムではない。仕事がらみだ。
日本が批准していないとある条約の条文の写しが欲しかったので頼んでいたのだ。
「タイプフェイスの保護及びその国際寄託に関するウィーン協定」と言って、ざっくばらんにいうとフォントに著作権のような権利を認めようというもの。日本はこれを批准していないので、当然、国内には適用されない。
日本国内ではフォントには著作権が認められない。しかし、だからといって商用フォントをコピーして販売したりすると、不当競争防止法で取り締まられるから注意ね。
きしもとさんに頼んでおいたものは金曜日に見つかったそうなので、これで必要なものは全部揃ったかな。
2nd G.P.M.は来須でプレイ、4月30日に絢爛舞踏を取り、5月1日にSランククリアを果たす。
3週目はキャラ増えないのね。
昨日の式で、最近日記に真面目なことが多くてつまらないと言われた。
何を期待しとるんじゃ?
私は物堅く真面目な人間で通ってるんですがねぇ。どうも誤解されやすくて困る。
久しぶりに馬鹿なことを書こうか(笑)。
某アヴァロン。
「基礎知識」がない人にはよーわからんネタがたくさん出てくる。なぜビショップはレベルアップが遅いのか? 死にそうになったらなぜリセットをかけるのか? Wizardryを知らないと、厳しいだろう。
友人K | 「ってゆうか、押井も好きだよな。パト2とかさ」 |
---|---|
私 | 「分かる人にしかわからんネタちりばめて」 |
友人K | 「俺たちの世代ならWiz知ってるからファイターとかシーフとかビショップとかでも全然平気やけど。あれは趣味の世界だな」 |
私 | 「でもな、俺は思うんだ。忍者じゃなくて良かった、って」 |
友人K | 「作品世界が壞れるな……」 |
---|---|
私 | 「ああ。」 |
友人K | 「奴にもまだ理性が残っていたということか……」 |
夜、友人から電話。
91年刊行のコンピュータ関連書を搜している……って91年ですかぁ?
これが理論書か何かなら解らんでもないが、解説書ときた。そんなもん見つかるのかなぁ……?
世の中アホな事件ばっかりたて続いているせいか、コメントする気にもならなかったり。
この国って一体何考えてるのかね。
世界経済はともかく、世界経済内における日本経済ってのは日本国が保証しているわけで、それに対する信頼が失墜している背景には、政治の問題がごろんと横たわってるなんて言うまでもないよね。利上げも利下げも公共事業もデノミも、経済を支えている国家がまともな状態であることが全て前提。
私が外国の保險屋だったら、この国関係の保險を引き受けるの止めるね。債権なんか絶対買わない。誰だって損をしそうな賭けには手出さないもの。
日本経済への信頼って、要するに日本国の信頼と同義だって分かってるのか分かってないのか。
この国では戦後、国家という非実在的存在(=系)を頭ごなしに否定することがまま行われたが、それでも結局私たちの生活を支えているのは国家なんだよね。国家は幻想ではなくて系だという話。
NHKスペシャルで、えひめ丸とグリーンビルの事故の番組をやっていた。
途中から見たのだが、なんというか、番組のつくりがそもそも感情的で、かつ視聴者の感情を煽るようなシーンが見られた。
個人的には痛ましい事故だったと感じるし、再発を防ぐことは重要だと思う。補償(賠償)は必要だろう。しかし、感情を満足させようとしてはいけない。
感情をも満足させたいという遺族の気持ちが存在することは認識できるが、そのことが事態の推移によい影響を与えるとは到底思えない。えひめ丸を海底から引き上げたからといって今更事故原因が明確になるわけでもなく、謝罪を繰り返させたからといって死者が蘇るわけでもない。必要なのは事故を究明し、同様の事故が起きないような対処をし、その上で、金錢で償いをすることだけだ。
金錢での償いを卑しいと思う人もいるらしいが、私はそうは思わない。異なる国家、異なる言語、異なる文化に属するものが、共通の価値として共有できるものは金錢だけだという事実を前に、卑しいだのなんだのという感情論は、全く意味がない。
つまり、そういうことなのだ。
昨日の件について、某駄目人外画伯から、「心眼の修行が足りない」と言われた。
そういうものなのか?
G.P.M.のサントラ出るんですか。予約要るかな? それとも通販?
事実はどこに?(笑)
「経済」という単語が、「経世済民」の略語であることは常識だよね。そう考えると、日本経済の低迷がどの辺りに原因を求めるべきか、自然と分かる(笑)。
CD-R WritingソフトをNERO 5に変更した。最大の目的はHDイメージのブータブルCDを作ること。
緊急用のシステムディスクは誰しも用意していると思うが、DOS 6.2 & 日本語環境とSCSIとCD-ROMとを使えるようにし、FDISKなどの外部コマンドを追加していくと、フルスクリーンテキストエディタを入れた辺りで1.44MBなんか埋まってしまう。これへの対策として外部コマンドやアプリ類をCD-ROMに待避させ、最低限のシステムとドライバのみを入れたFDイメージとしたブータブルCDを作ったのだが、これも今ひとつ勝手が悪い。
やはり最後はHDイメージで……と考えた果て。
まだ実際に焼くところまでは至っていないが、時間を見つけてちまちまとやってみるつもり。
CD-ROMといえば、B-right/Vでネイティブに読める形式のCD-ROM(超漢字のシステムCDやね)ってどーやって作ってるのかね? 前から作ってみたいと思っているのだが……。
解析?
私そんなこーどなことできない(笑)。
某駄目人外画伯が日記で「たとえCGで絵を描いても描き手の個性が全て失われるわけではない>S.B.」と書いていた。
別に私も描き手の特徴が全て消えるなんて書いてないと思うが。
ただ、斷言できることがある。
CGから得られる情報は、これまでの様々な画法で描かれた絵から得られる情報より、少ない。
少なくとも私はそう考えている。
そう言えば以前あんなことを書いたが、通ずる部分がないでもないな。
生の絵というものを見たことがあれば当然知っていることだが、写真や画集の絵とは明らかに異なる「生々しさ」がある。その正体が何かと突き詰めていけば、結局は写真や印刷、あるいはその前段階で取りこぼされた情報がそこにあるから、ということになる。
標本化されなかった情報は絶対に再現できない。それがデジタルの掟(笑)。
クロード・シャノンの靈に黙禱。
正露丸(征露丸)が複数のメーカーから出ている医藥品であるという事実が、一般的な知識ではないらしいことを今日知った。
なんということだ……。
最近、面白そうな本の刊行が相次いでいるのだが、どうも書店で搜しきれない。『佐久間艇長の遺書』という本を搜したのだが、見つからなかった。
佐久間艇長といえば、修身の教科書を読んだことがあれば、木口小平並みに有名な人物なのだが、いかんせん、修身の教科書を読む機会の少ない現代では、マイナーな人物になってしまっている。
結局こうやって搜しきれない本が溜まってゆき、そしてeS! Booksに頼る結果となる。
TAD仕様書の中身をちゃんと読んだことがある人なら分かっていることではあるが、実はTADは縦書きにしたときにどういう挙動をとるか、きちんと書いていない付箋類が多い。というか、横書きしか想定されていない書き方をされていると言うべきか。(例外もないわけではないが)
仕様書に定めがないということは、実裝依存ということであり、なにがどーなるかわからんということだ。フィールド付箋なんかどーなるんでしょうねぇ。
世界的に見て、縦横の書記方向を両方用いるのは、日中韓くらいなのでさほど影響のある話ではないのだろうが、今回の一件で、文書内の上下左右の指定を、文字送り方向(順/逆)、行送り方向(順/逆)といった指示ができるようにしといた方がいいだろうと感じた。
で、ふと昔のメモを見ると、同じことが書いてあったりして……。(私の意見って反映されてないなぁ……)
某花右京メイド隊の三巻なんぞ読みながら思うわけなんだけど、もりしげの漫画がアニメ化されるって凄い世の中だよね。いや、もりしげって言えばどうしても「子供の森」のイメージ強いやん? あ、もちろん私はオタクな人ではないのでよくは知らないんだけど。
そういうわけで三巻出てたよ>その筋の人
日本の景気状態は、常道の経済政策が殆ど全て行き詰まるような状況のようだ。日銀による国債買い上げなんて完全なインフレ策だしねぇ。
いよいよ、国家経済を破綻させるか世界経済を破綻させるかの選択を迫られる日も近いか?
今日、仕事である人の文章を読んで、小さくない衝撃を受けた。
僅か十枚前後の引用分部ではあったが、そこに込められた思想は、私が今持っている考えに非常に近かった。
人間に生きる意味などない。犬や猫や虫ケラと人間と、何が違うというのか。人間がそのような価値を求めることこそが、争いを呼んでいる……。
彼は精神世界における私の隣人である可能性が非常に高い。
彼の人の著作を読みたいと思う。彼が先達ならば、私は彼がその人生において考えたことを、知りたい。
忘れていた。
次回のBTRON Clubの発表申し込みが先週の金曜〆切だった。
ま、いつも遅れて申請してるんだけど(^^;。
げ、原稿もね、結構遅れてるんだけど(^^;;;;;;;;;(冷汗三斗)。
「日記にコメントを付けたい。掲示板は作らないのか?」というメールが来たんだが……。
私自身が掲示板を管理・運営する意思は全くありません。
やだよそんなめんどくさい。
というわけで、私がよく出入りしている掲示板、とくに、「黒日記公式掲示板」の名称を非公式に与えられている(笑)、某掲示板辺りに書き込むのが宜しいです。
ちなみに最近のネタでは、「正露丸(征露丸)」が反響大きかったですね。
常識だと思うんだけどなぁ……。
とか言いながら。
思っていたような悲劇的な話じゃなくてちょっと残念。
ちっ。
でもまあ、これでディアーホ三部作が終わって、次からはまた星間戦争に舞台は戻るわけで、そのためにはこういう結末にせにゃならんかったかな、と。
お目見えした新艦種については、ファンの間でも色々議論になるんではないでしょうかね。個人的には、“その次”が気になるところ。
どういうことかというと、兵器ってのは万能ではないので、戦略/戦術/戦況に応じて適不適が当然ある。しかしかといってありとあらゆる状況に特化した兵器を用意することもできるわけがないので、ある種のカテゴライズがおこわれるわけですな。
現用兵器の中でこの制約が最も厳しいのが軍用機。
こと、ジェット戦鬪機時代になってからというもの、戦鬪機、攻撃機、爆撃機、輸送機といった基本分類に加えて、戦鬪攻撃機だとか格鬪戦鬪機だとか戦鬪爆撃機だとか空中ミサイル母機だとか電子戦機だとか、それはもう百花繚乱の如き様相を呈しているわけですな。
全体としては兵器は攻撃力と汎用性を増す方向へ進化して、大抵それは大型化を伴う。ところがこれがある程度まで進行すると、大型化した兵器が作った隙間を埋めるために、一つ下のカテゴリーが成立する。
西側の戦鬪機を例にとってみると、F-86からミレニアムシリーズを経てF-4に行き着いた後は、F-111、F-15、トーネードと、多機能多目的で非常に巨大で高価な戦鬪機が次々と開発された。
そして戦鬪機が空飛ぶ要塞になった頃、F-16という格鬪戦鬪機が登場する、といった具体。
私の見るところ、基本的に『星界』の世界もこの法則に従っているようなので、今回の新艦種が戦場に満る頃に、それによって生まれた空隙を埋めるための艦種がまた考えられるだろう、と。
しかし……今回の作品で気になったんですが、平面宇宙の数学的整合性が崩れちゃいませんか?
そんな土曜日だというのに、朝から電話がかかってくる。デンパは「今東京おもちゃショーにいるんですけど、何か欲しいものありますか?」ときた。
平穏に寢ていられる時間が欲しかったよ、俺は。
かくして今日はうつらうつらとまどろみながら時間が過ぎるに任せていました。
本を三冊ばかり片付けましたが。
某駄目人外画伯は「デンパ風邪」と言っていたが、そういえば心当たりがある。デンパ大阪が上京してきているじゃないか。毒デンパの浴び過ぎですね、きっと。
諫早湾の海苔の不作問題から、いつの間にか汐止め堤防を開門するのしないのの話に発展していて、一体なにがどうなっているのやら。
今更閘門を開いたからといって、諫早湾の状態が元に戻るわけじゃないなんて、小学生にも分かりそうなものだ。それどころか、生物の死骸をはじめ、干拓地に残留し濃縮された各種物質が一気に流れ出せば、また別の影響が出るだろうし。
既に不可逆変化が起こってしまっている。恐らくもう元には戻らない。だから、水門を開くのは、また次の激変を呼び込む行為であることを認識しなければならない。
そのことが分かってるならいい。
しかし、事態を単純に捉えるあまりか、門を開けば元どおりの湾内生態系が取り戻せるかのような物言いをしている人間が見受けられる。危險だ。
中古ゲーム販売の差止訴訟(東京)の控訴審の判決が今日下った。まだ最高裁の速報ページに載っていないようなのでACCSとARTSのページで情報を收集している段階。
とりあえず東京高裁は、地裁判決を基本的に支持したらしい。
これで次は、週末の大阪高裁の判決待ち。
私は以前から、中古のゲームソフト販売に基本的に賛成している。それは流通としてあるべき姿だ。適正な市場価格が維持されるためには、自由な市場が不可欠だという考えから。
だからといってゲームソフトが著作物であることを否定するつもりもない。その流通過程において著作権者に正当にお金が入るようなシステムはあった方が良いに決まっている。ことはゲームソフトだけではなく、他の著作物にも絡んでくる。
あとついでに言っておく。
経済なんて所詮は賭事なんだから、面白くないゲームがあっさり飽きられた挙げ句中古市場に流れて値崩れを起こすこと自体は、どーにもならない現象なんだと思うぞ。それは経営の失敗であって、中古市場がどうこうというのとは別問題だと思う。
危機的状況だったんですよ。
なにしろ、金土日月と本屋へ行けなかった。これが何を意味するかというと、あと一日二日寢込んでいたら、私はタウンページを読み始めないといけなかったというわけなんですね。
読むなら斷然タウンページです。ハローページはあまり読み応えがないです。
しかし、臥する時こそ本を読めってわけじゃないでしょうが、病人の見舞いこそは本に限りますね。
職場のPCどものなかで、どうも怪しい挙動をするのが二台。共通項は、ネットワークカード。安物は駄目だね……。
昨日の判決だが、最高裁のページに掲載されたらしい。遅延は大体一日。素晴らしい。
話題といえば今日の日経新聞。突然見開き広告。なにかと思えば、左面がSEGAのバーチャファイターで、右面がナムコの鉄拳。PS2へのチャレンジャーとチャンピオンという図式ですか(笑)。
Service & Gamesと中村製作所の鬪い(爆)。
今週頭に埼玉高速鉄道が開業して、営団南北線は浦和美園まで直結運転。それはそれはきっと喜ばしいことなのだろうが、朝、確実に座れた電車が座れなくなってしまった……。
そおいえば、明日りんかい線は天王洲アイルまで延伸して東京モノレールと接続することになる。(とっとと大井町まで繫がればいいのに)