哀愁日記
底に哀はあるの。

西紀2003年8月分

Caution!
このページはあくまで小熊善之個人の責任において製作されており、坂村健先生及びTRONプロジェクト、並びにパーソナルメディア社は関与しておりません。
守秘義務の関係上、伏せ字になっている箇所があります。伏せ字の中身を御推測なさるのは結構ですが、あてずっぽうの内容を他者に広めて誤解を拡大再生産することだけはないようお願いいたします。

目次 | 前月 | 初日 | 末日 | 翌月

2003年8月1日(金曜日)
日本最初の人工衛星「おおすみ」の大気圏突入」。
 日本の宇宙開発を思うと、「人力」という言葉がこれほど似合うものもないと感じるのですが、宇宙開発に限らず、この伝統っていい加減どうにかなりませんかね。公共放送が音頭とって「戦略的失態を戦術で弥縫する」ことを美談に仕立てるくらいですから、望み薄ですが……。

2003年8月2日(土曜日)
 床屋へ行って散髮。しかるのち、Kinko'sへ。Kinko's店頭ではLHAの展開ができないというとんでもない事実に驚愕し、荒れる。かくして午後は全てそれだけで終わる。

 夜、上京してきたデンパ大阪を家に上げつつ、竹居さんの原稿を見る。


2003年8月3日(日曜日)
 土日は両日とも上野まで自転車で走ったのだが、泥除けを留めているリベットが一本折れた。
 ああ修理代……。
 自転車、いい加減寿命かなぁ。
 新しいのは欲しいけど、金がねぇよ。

2003年8月4日(月曜日)
 七夕らしく、すかっと晴れた暑い一日。

 今更夏コミの原稿に誤字を発見して沈没する。
 もう間に合いません……。

 奈良県生駒市の会社員が、好意を寄せていた女性を殺して死体を遺棄したとして殺人死体遺棄で逮捕された事件について、この犯人の男性に対する殺人幇助で東京都世田谷区の女性が逮捕された。
 最初は、ネットワーク上の知り合いに対する、軽い気持ちでの教唆なのかと思っていたのだが、続報を読む限り、今回逮捕された両者には直接の面識があるという。
 一体どういう心理で、殺人を幇助するような言行を行うに至ったのか、想像もつかない。

 今朝未明のことですが、宇宙研成層圏プラットフォーム実験が成功しました。飛行船で成層圏へ至ったのはこれが初めてだそうです。今んとこ行って還ってきただけですが、大きな一歩です。次は一定時間の滞空ですね。
 しかし……照明に照らされて、漆黒の夜空へと舞い上がる飛行船の姿は殆ど特撮の世界!


2003年8月5日(火曜日)
 今日こそ書こう。

 田中真紀子元外相が、秘書給与の流用疑惑について不起訴処分となった。そのこと自体を話題にするのではない。一方で同容疑で社民党の辻本清美元議員が逮捕拘禁されている件を採上げるのでもない。
 東大の副学長が科学研究費補助金を不正受給したとして辞表を提出、これが受理されたという。東大では医学部の教授が科学研究費の不正受給で停職一月の処分が出たばかり。
 筑波大に合併した旧図書館情報大学では、学生アルバイトに支払われたバイト代を教官が召し上げたとして当該教官が処分されている(なお、現在も係争中)。
 北海道では、札幌医科大学北海道大学旭川医科大学などでの“名義貸し”が問題となった。
 芝浦工業大学でも科学研究費のプールと目的外使用(流用)が明るみになった。
 カラ出張問題は、最近話題にもならなくなった。
 これら個々の問題はそれぞれ違法ではあるわけだが、さりとて「悪」であるかと問われた時に、一考せざるを得ない。
 申請時、あるいは受給時に定められた使途を逸脱し、不正に蓄えられたそれらの金銭を以って受給者が私腹を肥やしたというならば、社会通念上も許されることはないだろうが、多くの場合(全てとは言わない)、目的外ではあるが研究や政治活動など、受給者本来の任務に使用されていたわけで、一概に間違っているとは言い切れない所がある。
 私自身、7年間、二つの大学に学生・院生として籍を置いていた上、学生時代から何かとあちこちの大学で研究協力をしていたりしたもので、色々な経験をしている。まだ時効になってないと思うので詳細は言えないが、デタラメ三昧の科研費申請書を書いたこともあるし、カラ出張を目にしたこともある。議員の名目上の秘書となって国会図書館から堂々と本を借りている奴もいた
 はっきり言ってしまえば、そんなことは「日常茶飯事」だった。
 勿論、「日常茶飯事だった」から許されるとは思っていない。論点は違うところにある。
 当たり前のことだが、合理的で合法的に、研究や政治活動の協力者への謝金や、院生学生の移動費、部課内の公益費などが公費として支給されるなら、誰だってそっちを選ぶ。何も危険を冒す必要はないのだ。このような形でのプーリングが常態化しているということは、それらを合理的かつ合法的に得る方法がないということだ
 構造の問題を運用で回避するのは、日本人の美徳なのかもしれない。公共放送もそう喧伝しているくらいだから。でもそれは見ての通り、違法行為の苗床でしかない。
 何より悪いことは、「法の下の平等」の原則が守られないことだ。山口良忠は美談かもしれないがどう考えても犬死にだ。誰だってヤミ米に手を出すものだ。臨検で引っ掛かって米を没收された者が「運が悪かった」というのでは、法治国家としての機能が損なわれていると言われても言い訳できない。
 構造の問題は、構造として解決を図らねばならない。
 文科省は科研費の不正流用に対する罰則を厳にすると発表したが、それが根本的な問題解決になり得ないだろうと、私は考える。


2003年8月6日(水曜日)
 広島原爆記念日。
 8時15分って、エゲツない時間だよな……と通勤の道すがら考えた。

 一日で文庫3冊を片付け、4冊目に取り掛かるも、流石に苦しくなってギブアップ。そんな私の手には新刊15冊の入った紙袋が下げられておりましたとさ。めでたしめでたし。
 健康のため読みすぎには注意しましょう。
 そういえば先日、ΣBookモニター申し込みアンケートで、一月にどのくらい本を買いますかっていうのがあって、かれこれ全部足したら50冊くらいかなーとか思ったものの、控え目に40冊と書いておいた

 医学薬学関係の用語について、国語辞典の読みは基本的にアテになりません。>あらりん
 例えば、「腔」の字は、多くの辞典では「こう」としか読みがないので、「腹腔」が「ふくこう/ふっこう」とか読みが振ってあったりします。医学の現場では「ふくくう」なんですが。というか、「腔」を「くう」と読むのは医学だけです。
 かように「正しい」読みなんざ最初から正体不明でございまして、「重複」を「ちょうふく」と読もうが「じゅうふく」と読もうが意味が通じるように、「きょうえき」だろうが「きょうやく」だろうがどちらが正しいということもないのですわ。
 こんな話は枚挙に暇がないので、悩むだけ損ですよ。


2003年8月7日(木曜日)
 「PC-9800シリーズ受注終了のお知らせ
 なんか大々的な式典でも催して送ってやりたい気分ではある。

 5日に開催された住基ネット公開討論会の概要を読んで目眩と吐き気がした。議論になってねぇよ……。
 何度かこの日記でも触れてるんですが、行政サービスの効率化・迅速化などは、それそのものは歓迎すべきです。問題は費用対効果が見合うかどうかと、危険が閾値内に收まるかどうか、その2点です。
 セキュリティには「完全」というものはなく、安全性は確率論で語られます。それ故に、ハード、ソフト、そして人員、運用体制など、確認しなければいけない項目は多岐に渡ります。また、ある対策が突破された場合の対策や、事前に対策を講じておく範囲、諦めるラインなどを検討しておくことも重要です。
 とまあ、この辺はどう考えても「あたりまえ」の領域だと私は考えるのですが、残念ながらこの国では、「予知を前提とした地震対策」や「安全神話を前提とした原子力対策」などがまかり通っており、なんとなくこれも同じ宿痾を抱えているように見えますよ。
 最後は人力というのは間違いないんだけどねぇ……


2003年8月8日(金曜日)
 おめでとうございます>あらりあさん
 ほんの些細な贈り物ですけど、一つだけ疑問に答えて差し上げましょう(笑)。
 日本の公文書の日付は、元号がないと駄目なんです。西暦との併記は可能ですが、西暦のみは基本的に不可なんです(一部例外はありますが)。
 理由は簡単で、日本の法律では西暦が定義されてないからです。
 以前この日記で採上げましたが、日本でグレゴリオ式太陽暦の採用は明治5年ですが、この時一緒に“神武天皇御即位ヲ以テ紀元ト被定候”としていて、実は西暦を採用したんじゃないんですよ。いわゆる皇紀ってやつ。真面目な話、閏年の計算も、皇紀でやってます
 余談ですが、明治、大正、昭和は詔勅で、平成は元号法に基づく政令ですんで、それぞれに法的根拠を持ちます。
 こういうわけでして、日本の正式な法では西暦は一切定義されてないんです。つまり、元号が駄目なら次は皇紀という選択肢しかない(笑)。西暦を正式に使うためには法律を作って「平成15年を西暦2003年とする」とかしないといけないという……。
 そういうわけですんで、あらりあさん。「公文書で西暦を使えるようにしろ!」という運動はかなり大がかりな政治活動になりますが、頑張って下さい。

 個人的見解ですけど、西暦ってのはキリスト教、それも基本的にローマカトリックの暦ですんで、なにも特別採用しなければならない理由もないかな、と。隣の韓国じゃ檀君暦使ってる[補遺:過去形が正しいようです]し、その向こうじゃ革命暦[補遺:これは誤り。正しくは「主体紀元」というそうです]なんてものもあるわな。台湾でも民国暦使ってるし、イスラム圏なら当然のようにヒジュラ暦(イスラム暦)を使うでしょう。
 つまるところ、その国が公文書にどのような暦を使うかってのは、その国の文化や伝統、アイデンティティを反映してのことなので、そうそう気軽に変えられるものでもないんでしょう。
 多分ね。


2003年8月9日(土曜日)
 今日になってカタログチェックを始めている私。去年作ったスクリプトを一部だけ手直しして、CD-ROM版からデータを引っこ拔いて超漢字でリストアップ。あとは去年、一昨年のデータから巡回サークルを掘り出して、今年新たに回るところをチェック……。
 死む……。

2003年8月10日(日曜日)
 読んでも読んでも、未読が尽きないように思えるのはなぜだろう。
 実際尽きてないんだけど(爆)。
 4日から10日までの一週間で16冊読み切りました。でもまだ倍くらい未読が積んであるような気がします。
 今月は魔のお盆進行です。新刊の配本日が前倒しです。だから私も読書速度がお盆進行です(炸裂)。

 水道橋で竹居さんと打合せ。もう少し付箋が減らんものかなと、些か悲しく思う。


2003年8月11日(月曜日)
 仕事中に強烈な睡魔に襲われた月曜日。

 沖縄に戦後初めて走った鉄道(跨座式モノレール)「ゆいレール」ですが、営業初日からトラブってたそうで……。
 ご利用案内のページがなかなかイカします。鉄道文化がない、というのはこういうことか、と(苦笑)。
 しかしどうせ鉄道文化のないところなら、なにも本土の鉄道の真似なんかしなくても、料金一律のトークン制度とか、やりようはいくらでもあったと思うんですけどねぇ。他にも、営業距離がこんなに短くて大丈夫なのかとかとか。
 ただ、ゆいレールだけじゃないんですけど、こういった鉄道敷設への執着ってのは、明治の時のカルチャーショックを遺伝してるんじゃないかって、時々疑いたくなりますよ。


2003年8月12日(火曜日)
 ひたひたと近付く大祭の足音に急かされるも、気ばかり焦って手は動かず。

 ようやく中教審の「初等中等教育における当面の教育課程及び指導の充実・改善方策について(審議の中間まとめ)」がWebに載ったので、読んでみる。
 まず、新指導要領が施行されて一年というこの段階で、指導要領の改訂が取り沙汰されることが異数の出来事と言える。それだけ「ゆとり教育」というものへの反応が大きかったと言うことだ。
 今回の中間まとめでの最大のトピックは、「はどめ規定」の見直しだろう。
 学習指導要領は法的拘束力を持ち、これに則してカリキュラムを組まねばならない。極端な言い方をすると、「教えてはいけない」と書かれたことは教えることができない。
 是もまた隨分不思議な話で、私に言わせれば人間の学習速度も理解力も個々まちまちなのだから、当然同じ授業を受けても内容を即座に理解する子もいれば、何度も繰り返さないと覚えられない子もいよう。そういった異同を無視して「これは教えねばならない」「これは教えてはいけない」というのは、画一化教育というよりは「画一教育」と言うべきものだ(笑)。
 個の尊重だの個性を伸ばすだのとお題目は沢山並べたが、その目標への到達手段についての検討はなおざりだったのだな。
 しかし、教育機関がその成果物たる卒業生の品質についてなんらの保証をしない教育システムそのものは見直されないものなのだろうか。


2003年8月13日(水曜日)
 左肘腱鞘炎、左眼に疼痛、ついでに頭痛。風邪ひいてるんと違うか?>自分

 書店での日本語ブームも一段落ついたというか、ある程度定着して棚の一角を占めることに成功した感のある日本語関連書物ですが、なんとそういう関係の本を小熊は一冊も読んでいません(苦笑)。
 書店でぱらぱらと眺めることはあるんですが……なんというか、改めて読むほどのこともないよな、と。
 それはともかく、ずらり並んだ本の中に「正しい日本語」とかいう文言を見つけて思ったことなど。
 日本語の「正しい」という単語には、英語で言えば「correct」「justified」「true」の概ね三つの意味が同居しています。当然これらは文脈依存で読み手が意味を解釈するわけですが、時に取り違えられると悲劇になったり喜劇になったりします。
 「正しい日本語」という場合の「正しい」は、「correct」だと私は思いますが、もしかしたら「justified」かも知れません(笑)。もしそうだったら凄く嫌ですが。
 日本語が曖昧というより、意味分化する前に漢語が入ってきちゃったために、区別したい時は漢語で「正確」「正義」「真理」とか言い分ければ良くなっちゃったからなんでしょう。
 お蔭でというべきか、書き手の側としては、わざと曖昧に意味をぼかしたい時や読者の判断に任せてしまう場合、逆に厳密に解釈を限定したい局面など、状況に応じて文言を使い分けることができるというわけだ! 有り難いやら苦しいやら。


2003年8月14日(木曜日)
 丁寧に書いてはあるんだけど、何が書いてあるかはさっぱり分からない

 いよいよ明日からですね。
 今日から予備校時代の友人Kが逗留中。


2003年8月15日(金曜日)
 敗戦記念日にして、コミケ初日。

 降り続く雨は止まず、巡回先が少ないこともあり、開場後に行くことにする。
 が、友人Kの生態を顧慮し忘れてしまい、会場前に着いてしまう。9時45分頃に、行列に並び、行列が動いたのが11時半頃。結局入場は12時近かった。
 軽く体慣らしも含めて数サークルを巡回し、企業ブースを回って帰って来る。
 最早大手に並ぶ気力も体力も無し。


2003年8月16日(土曜日)
 今日も雨。

 サークルの代表がサークル入場券を紛失するという突発事態発生。
 うちのサークルって、ノートラブルでイベントを迎えることが少ない。何故だ? 誰か限りなく日頃の行いが悪い奴がいるに違いない。私以外で。

 私が出たり入ったりしていた関係で、きさらちゃんには会えたりヨッシーさんには会えなかったりと、様々でした。スペースに帰ってきたら椅子を占拠してた奴とかいたしな。
 てつまさんには某デンパと同類扱いされるし。

 顏を出して下さった皆様、本を買って下さった方々、ありがとうございました。


2003年8月17日(日曜日)
 そして三日目も雨。

 とはいえ、流石に三日分もの水量はなかったらしく、今日は霧雨止りだったようです。少なくとも私が行列にいる間は。
 5121キャップを被ってうろついていたんですが、はっぴぃさんに「誰かと思った」とか言われましたわ。
 しかし私、今日はずっと行商してたような気がするワ。

 毎年のことですが。
 コミケが終わると、夏も終わりですなぁ……。


2003年8月18日(月曜日)
 コミケ明けには休みを取っとかないと死んじまうよ(笑)。

 というわけで、今日は映画の日でした。
 コミケ中滞在していた友人Kと一緒に、新宿へ出てまず「アンダルシアの夏」の二回目鑑賞。あー。注文してた自転車、もうすぐ来るな〜とか思いながら観てた(苦笑)。
 その後、立て続けに「HERO」を鑑賞。ワイヤーアクションはともかく、全体としては凡作。黒沢の羅生門あたりを意識しているようなシナリオなんかはかなり陳腐。
 映画が終わって飯を食って、登山用品店で週末登山の装備を物色。物欲を精神力でねじ伏せる。
 そこでKと別れ、神保町を経巡って帰った。
 有意義なんだか良くわかんない休日だった。


2003年8月19日(火曜日)
 なんか調子が狂っている感じが残る連休明け。
 世界のあちこちで異常現象しとりますな。
 日本では作況指数を考えたくもなくなるような冷夏ですが、フランスでは記録的な猛暑だそうで、「観測史上初めて夜間の最低温度が25度を越えた」とか、日本ではちょっと「なんでそれがニュースになんねんな!」と突っ込みいれないといけないような事態で一説では5,000人が命を落とされたとか。
 電力需給が逼迫していて、いつ停電が起きてもおかしくなかった筈の東京は全くの無事で、なんか突然米国東部とカナダで大停電
 それが原因というわけでもないのでしょうが、ウェストバージニア州では連続狙撃事件が起きているようです。なんか去年もあったよな、そんな事件……。
 テキサス州じゃ91歳の老人が銀行強盗とか、なんてコメントしたら良いのかわかんなくなるようなニュースがあったしなぁ……。
 日本じゃ北九州市でスナックに手榴弾をかちこんだり、熊谷市では飲食店従業員が死傷。そういえば福岡の一家殺害事件の容疑者もまだ捕まっていなかったっけ。
 気が滅入るね。

 スミソニアンからエノーラ・ゲイの復元が終わったとの報道。
 退役軍人による反対から原爆展が中止になったことは記憶にまだ新しいが、せめてエノーラ・ゲイを見て何かを感じて欲しいと願わずにはいられない。
 広島、長崎への原爆投下が正しかったと主張するのは結構だ。言論の自由というものだ。だがしかし、なればこそ、広島、長崎の実情を訴える展示をも許されねばならないと私は思う。


2003年8月20日(水曜日)
 嫌な事件が立て続けに。
 バグダットで国連事務所が爆破され、20人の犠牲者が出た。
 深く哀悼の意を表す。
 願わくば、彼らの死が礎とならんことを。

 悲報あれば吉報あり。
 ジャイアンツの川相選手が犠打世界新記録を達成。ジャイアンツ特設ページ
 実はその瞬間、テレビ中継見てました。一死一塁で代打がコールされただけで、もう球場割れんばかり。
 野球の記録には色んな種類があります。瞬間的に達成されるもの、試合の中で達成されるもの、数試合から数十試合で達成されるもの、シーズンを通して達成されるもの、シーズンを積み重ねて達成されるもの……。言うまでもなく、もっとも困難であり、また偉大であるのは、その野球人生を通して作られる記録です。
 ノーラン・ライアンの奪三振記録やピート・ローズの安打記録、王貞治の本塁打記録。川相の犠打記録はこれらに並ぶと私は思います。
 それにしても恐ろしいばかりの技術です。既に敵も味方も誰も彼も、川相が出てきてバントをすることが既定事項になっているにも拘らず、平然と送りバントを決めていく。この普通さが身震いするほど凄いことです。
 ああ、藤田監督時代が懐かしい……。

 おいおい。NHKのニュース10で「Windows Updateを実行しろ」なんて報じてるよ……。


2003年8月21日(木曜日)
 仕事を始める前にMicrosoftのページからパッチをDL。今日はIEですか?(苦笑)
 なんか毎週のようにパッチ当ててるような気がするなぁ……。勿論、穴があってパッチがないよりは良いんだけど、最初から穴がなければなお良いよな。
 新技術の投入よりも、OSの完成度上げてくれと言いたい。
2003年8月22日(金曜日)
 「台湾って、日本に占領されてたん?
 ……と、昨夜タオさんに訊かれた。日本の教育はいったいどうなっているのかと、文科省の担当者を問い詰めたい気分になった。
 それはともかく、小一時間ほど、歴史学の講義をすることに。
 しかしその間にも、日清戦争の背景説明をするために当時の清朝と李王朝の間の冊封関係などを説明せねばならず。幸い、タオさんは明治維新は知っているようだった。
 にしても、日清戦争の賠償として割譲された台湾。そしてその後の日本による台湾平定。台湾総督府民政長官後藤新平とその下で働いた新渡戸稲造らによる糖業の確立。どれ一つ採っても、日本の近代を語る上で外せないことばかりなのに、なぜこんなことも知らない日本国民が存在するのか不思議でならない。
 もっとも、タオさんは私の精神をゲシュタルト崩壊させるために別世界から送り込まれた改造人外である可能性もあるのだが。

 養老孟司の言うところの“バカの壁”という奴はかように恐るべき一般性を以って世界に蔓延しているわけで、数年前に話題になった「月をなめるな」やら、最近話題の「Philosophers on the Moonなどなど、教育の力の限界に、諦めの境地に至りそうですよ。

 さて、明日、明後日は富士山に行ってきます。よって、明日の更新はありません。


2003年8月24日(日曜日)
 富士から無事帰還しました。
 今回の富士登山のパーティは五名。言い出しっぺにして幹事のミツルん。パーティリーダーのSio姐御。ハイキング同好会(笑)の風間さん。静岡出身で富士に行ったことがあるきしもとくん。そして私
 23日。快晴。
 8時11分のホリデー快速河口湖で富士急河口湖駅へ。そのまま富士急のバスで五合目(2,305m)まで。この辺までは実に順調。13時頃出発の後、約30分で六合目(2,390m)にあっさり辿り着けたため、この辺で山をナメ始める(笑)。
 面子を見れば判るとおり、協調性皆無な五人は六合目を過ぎた辺りで完全に散開。八合目で合流、などというとんでもない行動形態になる。
 七合目(約2,700m)まで約1時間。八合目(約3,000m)まで約1時間半というペースで登ったんですが、ポカリスエットの力をこれほど感じたこともありませんでした。水分補給と糖分補給に、威力絶大。体に糖分が行き渡る感覚ってのも、なかなか味わえるもんじゃないですけど。
 16時頃、八合目の白雲荘前(3,200m)で先行するミツルんと合流し、ここで残るメンバーを待つことにする。また、ザックのなかから次々と防寒具を取り出しては着込む。
 投宿予定地である元祖室(3,250m)に辿り着いたのは、17時半頃であったと記憶する。そこで激甘口カレーライスを夕食に、更に着替え等を済ませて仮眠に……というか、山小屋側に無理矢理寝室に追い込まれたと言う方が正解。
 なにせ、長梅雨の上に颱風、先週末は雨と、例年なら登山客も減って来るという時期に大量の登山客が押し寄せたということで(最終的に9,200人とのこと)、寝室の状態は……。
  • 中国の密航船(by ミツルん)
  • 奴隷運搬船(by 私)
  • ガレー船(by Sio姐)
 他にも「南方への兵員輸送船」だとか「目刺しの気分」だとか「蚕棚」だとか色々言われましたが、2畳のスペースに大人が5人と言えば、見当つきますでしょうか? 5人が頭と足を交互にして横臥ですよ。それが寝室全部ですよ(爆)。寝れたもんじゃありませんって。
 部屋のあちこちから酸素を吸入するシューという音が聞こえるくらいに環境が悪く、全員殆ど寝れないまま、24日を迎えました。
 24日午前1時半。パーティは山小屋を出発。当然、真っ暗闇の中を、ヘッドマウントランプの明りを頼りに登るわけですが、そこはそれ、1万人の大行列。前も人なら後ろも人。みんなランプを持ってるし、ケミカルライトを装備している人もいる。ガイドが付いたツアーも数団体おり、ある種至れり尽せりな状態での夜間登山でした。
 一応ここからは隊列を組み、一番体力のないSio姐が先頭、その次が風間さん、きしもとくん、私、殿を体力有り余りなミツルんという構成になりました。ただ、ここで一番危なかったのは実はきしもとくんでした。どうやら高地順応が悪かったらしく、相当消耗していました。ミツルんが一番平気そうで、実は私もかなり高山病っぽかったです。ただ、体を動かしている間は全く症状が出ず、足が止まると目眩に襲われるという不思議な症状だったので、きしもとくんをフォローしながら歩けました。
 時間感覚も距離感覚もなくなるなか、本八合目を過ぎ、九合目を通過し、最後の岩場を踏破し、頂上に至ったのが5時前でした。既に山頂は人また人の人だかりで、ご来光が仰げるスポットには隙間なく人間の壁ができている有り様。山小屋で休んでいたらご来光の瞬間を見損ねました(苦笑)
 暫く山小屋で休んでから、大渋滞の中を下山開始。10時前頃には五合目まで戻って来ました。
 このあと帰りのバスが渋滞で到着が遅れた上に乗車手続きでトラブって出発が遅れ……座れない状態で一時間バスに揺られて河口湖着。温泉寺で汗を流してご飯……の筈が、手打ち蕎麦が売り切れ。駅まで戻って駅前のほうとう不動でほうとうを食すつもりが、店側の「今忙しいから!」という凄まじい理由で4人がほうとうを断念させられる。しかしただ一人それでもほうとうを注文した風間さんに真っ先に料理が運ばれ(おい)、その後も厨房の混乱を反映するように料理が届いたり届かなかったり。
 なんか最後の最後にちょっとケチがついた気もしましたが、概ね順調な富士登山でした。次は昼間に登りたいですね……という話で、来年の幹事は風間さんだそうです。

2003年8月25日(月曜日)
 富士山の記憶を少し掘り起こしておく。
 富士山って、立山の山頂からも見えるんですが、本当に単峰で、ぽつんと一つだけ雲海の上に頭を出してるんですよ。で、逆に富士山から下界を見下ろすと……絶景でした。周囲に比較になるような高さの山がないので、「見渡す限り」という形容がまさにぴったりでした。
 また、空気も綺麗(というか薄い)ので、星も綺麗。火星どころの騒ぎじゃなくて、地平線から顏を出したばかりの赤い月、それに夜明け前には冬の星座までたっぷり堪能できました。富士山頂に天文台を作ったら、それはそれは素晴らしい眺めだろうと。
 こんな所に住みたいと思いました。
 実際にゃぁとても無理ですが(笑)。

 そんなこんなで一日明けました。昨夜は湿布を膝と脹脛に貼って寝たこともあってか、筋肉痛は殆ど無し。階段の昇降にやや痛みがあったくらい。
 洗濯機を回して洗濯物を干して。
 体力的には会社行けるかな、って感じでしたが、土日の家事をこなすために休みは必要なようです(苦笑)

 午後から映画を観に新宿まで。
 殆ど忘れかけていたんですが、「バトル・ロワイヤルII 鎮魂歌」を観てきました。
 一応続編と言うことですが、最早原作(ここでは高見広春「バトル・ロワイヤル」のこと)なんかそっちのけって感じですね。好みは別れると思いますが、前作より一層メッセージ性が増してました。
 映画を観ながら、「アメリカ帝国への報復」を思い出していました。力を以って事を為せば、また力によって報復される……。イスラエルとパレスチナじゃないけど、エンディングがそら寒く感じられるくらいの作品ではありましたね。

 神保町で、夢路行の新刊「モノクローム・ガーデン」を確保。


2003年8月26日(火曜日)
 自転車が届きました、って連絡が入ったので頑張って19時までに辿り着いてみれば、店閉まってるし……。

 昨日入手した夏見正隆「僕はイーグル 哀しみの亡命機(ファルクラム)」を読み切る。タイトルだけで何が亡命して来るのか丸判りというのは問題ではなかろうか。
 個人的に夏見さんの作品は、登場する戯画化された悪役どもの暴れっぷりが大好きです。かてて加えてこのシリーズでは主人公のヘタレっぷりと、それに追い討ちをかける状況の厳しさがサディスティックな愉しみを与えてくれているのですが、通巻4巻目でなんかちと変わりましたなぁ。主人公ちょっと前向きダヨ。
 他にもこれまでヒロイン張ってたキャラのうち一人は登場ナシ、もう一人もワンシーンだけ、と、もしかして枚数削るためにシーンごと吹っ飛ばされたんじゃないかって勘繰りたくなります。
 一方で、夏見シリーズ(笑)には不可欠な木谷信一郎が登場したりと、色々動きのあった巻ということで、次巻承前のための巻と割り切って読んだ方が良いかも。
 それにしても、現役パイロットが書いているだけあって、飛行機操縦の描写はピカイチです。


2003年8月27日(水曜日)
 小川一水の「第六大陸 2」読んでます。
 終わり。

 追伸。自転車はなんとか受領できました。


2003年8月28日(木曜日)
 三雲岳人「ランブルフィッシュ 7」を読んでます。
 終わり。
 ……って、流石に二日連続で同じネタかますのも何ですので、話題のあれを俎上に乗せますかね。

 経済産業省が独自OSの開発を検討することにし、調査費用として1億円を来年度予算の概算請求に盛り込むことにした、という報道が朝NHKであったんですが、なんか日経新聞ではなんかTRONの文字が踊ってたりして、火星でも大接近してきたかのような有り様です。
 先週から今週にかけて酷かったからねぇ……。反省というか、言い訳・責任逃れのためにこんなことまでして見せるといったところですか。ところで、既に総務省の方に「セキュアOSに関する調査研究会」なんてものがあったりするわけですが、会計検査院はなんも言わんのかね?
 それはともかく、安全なOSを求めるのはそれはそれで結構なんですが、運用全体を含めた安全確保策とかはちゃんと考えてるんですかね?
 「安全なOS」ってものは、「安全な自動車」と一緒で、そりゃ堅牢で安全かも知れんけど、それを運用レベルで台無しにすることは実に簡単だったりするわけですよ。他にも、ハッキングには強かったけど担当者を買收するのは簡単だった、とかね。データディスクを宅急便で送って紛失する奴もいるし。
 安全で堅牢なOSを用意するのは結構。でもそれだけじゃなくて、運用レベル、そしてその運用を支える人材の部分まで踏み込んで議論してもらいたいものです。


2003年8月29日(金曜日)
 朝、いつもより少し早く出発。
 飛鳥山に登って明治通りに入り、一路池袋へ。新車の慣らしを兼ねて、自転車出勤。
 思ったよりスムースに進んでしまい、普段より早い時間に会社到着。実際時間を確認してみると、地下鉄乗り継ぐより早いんでやんの。
 距離は約10km。所要時間は40分弱。

 朝から運動したら、お腹空いちゃいましたよ(苦笑)。

 帰りは神保町に寄るために、新宿通りを四ッ谷方向に進行。半蔵門を左折して北門から北の丸を拔けて一橋経由で走る。
 最後に神保町から秋葉原へ出て、本郷通りへ入り、王子へと帰着。
 走行距離は約30kmでした。

 自転車で走るのは気持ちよくでいいんですけど、これまで電車の中で本を読んでいたのが読めなくなるのが難点ですねー。


2003年8月30日(土曜日)
 明治通りを昨日と逆に走る。
 王子から田畑を通り抜けて、日暮里へ。日暮里鶯谷上野と進行し、秋葉原へ。
 明治通りの東側は、隅田川に沿って、繩紋時代の海岸線を走るので高低差が少なく、飛鳥山に登るより楽だろうと思ったのですが、尾竹橋通りに入ったところから、歩道が狭くて歩行者が多く、道路は交通量が多くて速度が出せなかった。
 秋葉原で昨日買い逃したDVDを一枚買って、そのまま神保町へ。特に新刊はなし。

 二日連続で走ったら、上半身が筋肉痛。ママチャリって上半身使わないもんなぁ。

 明日はコミティアに一般参加で。なのにFTRONのチャットをやっている不思議。


2003年8月31日(日曜日)
 うっかり目覚ましがいつもの時間になってて、朝6時に起こされる。日曜日くらいゆっくり寝ていたいと思うも、一度起きてしまうともう寝れなかったり。

 そんなこんなでコミティアへ行ってきました。流石に大田区までは自転車では無理っぽかったので、今日は大人しくJRモノレールを乗り継ぎました(笑)。
 夏コミの買い逃しの補填需要で大手サークルが賑わうなか、ティアズマガジンで特集を組まれた森岡サンとこはお客の姿が切れない程の盛況。
 ちょこちょこっと小説系も見てきたんですが……うーん。MS明朝+行ピッチ150%という悪行が蔓延していて、中味がどうこうよりもまず見た目で読む気がごそっと喪われるもの多数。
 せめてリュウミン+行ピッチ175%を期待するのはいけないことなのだろうか?