哀愁日記
底に哀はあるの。

もしくは、

「常識日記 文科系的日常」


西紀2006年5月分

Caution!

このページはあくまで小熊善之個人の責任において製作されており、坂村健先生及びTRONプロジェクト、パーソナルメディア社、並びにYRPユビキタス・ネットワーキング研究所は関与しておりません。
守秘義務の関係上、伏せ字になっている箇所があります。伏せ字の中身を御推測なさるのは結構ですが、あてずっぽうの内容を他者に広めて誤解を拡大再生産することだけはないようお願いいたします。

目次 | 前月 | 初日 | 末日 | 翌月

2006年5月1日(月曜日)
 メーデーなんだけど、そういえばシュプレヒコールを上げる集団にも出くわさなかったな……。

 連休の谷間のため、朝の電車が空いていた。昼のコンビニも空いていた。普段からこのくらいならいいのに……とか思ったりした。
 ちなみにウチはカレンダー通りの営業でございます。

 昨日、某所SNSでデジタル一眼レフについて疑義を呈したので、ここでも一丁。
 デジタル一眼レフカメラというものに、実は前々から疑問があります。以前にも書いたのですが、なぜ「レフ(レフレックス)」なのか?
 フィルムを用いたカメラの場合、撮影している瞬間の画像を見ることは原理的にできません。言うまでもなくまさにその瞬間、光はフィルムを感光させているからです。
 それ故に、一眼レフは複雑な光学機構を用いて、フィルムに当てられる光を直前まで屈曲させて接眼レンズに導いている訳です。それでも、シャッターを切った瞬間は何も見えません。
 カメラとは、撮影しているその瞬間、何が写っているのか確認できないという原理的な限界を抱えていました。それ故に、綺麗に写すためにはそれなりの技術が必要とされた訳です。
 また、カメラの方もいかにフィルムに映される画像に近いものを撮影者に見せるかが重視され、レンジファインダーやら一眼レフやら二眼レフやらといった機構が考え出され、実用に供されてきました。
 しかしそれはあくまで化学変化を用いたフィルムを撮影に使うという制約に基づく技術的工夫であって、撮像素子としてCCDを使うデジタルカメラであれば、本来的に接眼光学系を持つ必要がありません。
 だって、CCDに映ってる画をモニターに映せばいいんだもの。
 つまり一眼レフのうち、レンズ交換機構には意味があっても、レフレックス機構には意味がない。まったくない。ビデオカメラのようなエレクトリックビューファインダー(EVF)で何が悪いのか? 「ノスタルジー」以外の説明はつくのか?
 少なくとも私は今の所納得の行く理由を思い付かない。

 昨日の補足をありがとう>masamicさん
 そうそう“ユニバーサルデザイン”って言葉があったんだっけ。失念していたわ。
 補足を貰ったので私も補足返しってことで、シャンプーとリンスでは、印があるのはシャンプーの方ですね。私のようにド近眼の人間にとって、この印は非常にありがたいです。何しろ眼鏡を外すと数センチ先のものしか見えないような人間なので、自宅以外の風呂ではこの印を頼りにしています。
 当然、自分で購入する時にも印の有無が購入動機の一つになっています。

 さとみくん西洋美術館に行ってきたらしい
 ところでふと気になったフレーズが「近々、独立行政法人化で入場料が上がる」という所。
 美術館の所管法は博物館法なのですが、その第23条には「公立博物館は、入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない。」と書いてあったりします。もっとも、そのすぐ後ろに「但し、博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる。」とあるわけなんですが。
 ともあれ、公立の博物館・美術館は原則無料で、やむを得ない場合にのみ対価を徴集できる。しかし、よくよく考えてみると公立の博物館・美術館で本当に無料の所がどれだけあるかと言われると心許ない。私は一応友の会会員だから国立科学博物館科学未来館はタダで入れるけど、年会費を別に払ってるからなー。
 本来は特別展などの展示品にレンタル料がかかるものについて入場料を取るのは良いのですが、常設展でお金を取るのが常態化するのはどうかと思いますね。独立行政法人化してもお金は国から下りる訳ですから、通常の運営費についてはそっちで賄われなければならないのではないかと……。
 いや、理想論だってのはわかってるんだけどね……。


2006年5月2日(火曜日)
 いや、ウチはblogじゃなくてあくまで日記なのよ>てるてるさん
 別に拘っている訳じゃないんだけどね。
 意見というほどのことじゃないんだけど、要するにジェンダーフリーも、「ジェンダーフリーな社会になった方が、より多くの人にとって利益になる」ことを分かりやすく説明できればいいんじゃないかと思う訳。

 昨日の一眼レフの話題についてさとみくんとπちゃんとすえちゃんから指摘を貰った。
 EVFや液晶モニター類の遅延や再現性の問題は確かにあるかも。でもあまり気にされていないからなぁ……。あとでレタッチするのが常態化している以上、「見たまま」なんて誰も気にしていないのではないかという気がしてならない。すえちゃんが指摘したEVFだとピントが合せづらいってのも、所詮オートフォーカスだしねぇ。
 結局の所、EVF化・あるいはモニタビュー化するための各要素技術がまだ未成熟なんだろうな、というのが結論でしょうか。
 一応補足しとくと、私は一眼レフが好きです(おい)。

 私のことを誤解している連中ランキングで常に上位にランクインしている画伯ですが、私が種ともこや遊佐未森や谷山浩子をカラオケでよく歌うという事実に驚愕している模様
 こうやって一つ一つ奴の誤解を解いていけば、いずれ私が一般常識人であるという事実も受け容れられるようになるだろう。


2006年5月3日(水曜日)
 憲法記念日だった割には、護憲派のシュプレヒコールも聞こえない静かな祝日。

 まあ平和は私も大好きなんですが、一方で「中国、2年後に空母戦闘群を配備かなんちゅー話も流れていて、空気は不穏なんですよね。
 現実的問題として中国が二年後に空母戦鬪群を実戦配備可能かと言われるとかなり疑問ではあるのですが、二年後でなければやるだろうね、あの国は。これに先日の発言を加味すると、日本としてはシーレーンを押さえられかねず、場合によってはこれを実力で排除する必要に迫られる可能性が出てくる訳です。勿論そんなこと実現しないに越したことはないのですが、「その能力がある」ことは常に外交的要素として考えられますから、当然日本としてはそれを排除し得る軍事力を持っておくことが対抗上必要になります。
 こういった背景を考えると、この度の2+2による在日米軍改編も日本にも相応にメリットがある話ではあるんですよ。ちょっと負担が大きいなぁとは思いますが……それでも日本のシーレーンを確保し、日本という国の経済を守るためには必要なことかと。
 これだけで終わりじゃなくて、憲法改正による正式な軍隊の編成、関連法の整備、軍備そのものの拡充など、日本がやらんとあかんことは山積みになっとります……。
 これが軍拡競争って奴です。

 去年の7月文字・活字文化振興法が成立した時に、現在日本語は「前代未聞の大日本語氾濫期」にあると言ったのですが、それを裏付けるような調査結果が。
 なんと世界のblog界では日本語が最大勢力という、一体何が起きたのかと目を擦りたくなるような調査結果です。
 一応分析としては、日本語のblogは短いエントリを一日に何度も投稿する傾向があるので、投稿を単位とする今回の調査においては、実際の文章量以上に過大に評価されているようです。しかしそれでも、日本語が主要な言語の一つであることには変わりがなく、恐らく上記の法律を推進していた人達はこの結果にさぞかし満足してくれることでしょう(揶揄)。

 日本語という言語はアルタイ語に連なる膠着語で、話すだけならそれほど難しい言語ではないのですが、その文字数が多くかつ入り組んだ書記体系には定評があります。しかし困難としてはとりあえず文字数が多い所だけで、実際の習得が著しく困難かといわれるとどうかと。前大戦中に米国では陸海軍が情報部に日本語学校を作り、米国人の志願者に12〜18ヶ月の日本語教育を施して通訳として育てた実績があるわけで、それこそ朝から晩まで日本語漬けにして叩き込めば、読み書きを含めた日本語の習得は比較的短期に可能であることは証明済み。
 余談だが、米海軍の日本語学校からは後に源氏物語を翻訳することになるエドワード・サイデンステッカーや日本文学紹介者として名を馳せるドナルド・キーンなどが輩出されていたりするので、速成とは言え小さくない影響を後世に残した。
 むしろ日本語の問題は“日本人”や“日本文化”という概念と日本語を切り離せなかった所にあるんじゃないかと、国語政策史関係の本を最近になって読みながら思ったりする。特に殖民地や占領地での日本語教育が常に“日本文化”や“国体”を伴ってしまった所が、日本人の日本語感に拭いされない傷痕を残しているように思う。
 この点、日本語を一語学技能として教え込んだ米国と、占領政策・皇道教化の手段とした日本の違いは、考究してみると面白いんじゃないかと思いますね。
 今度その辺の資料探してみようっと。

 で、速成された通訳たちは太平洋戦線で多くの日本兵が遺した日記を翻訳して軍事的に有益な情報を掘り出していた。先に挙げたドナルド・キーンらも日本兵の日記好きについて特に書いており、どうやらこれほどマメに日記を書くのは珍しいことらしい。
 ちなみに大日本帝国陸軍では日記を書くことが推奨されていたんだが、考えてみればこれは情報の漏洩に繋がるんだな。これについて日本側がどう考えていたのかは良く分からないが、まさか「日本語は難しい言語だから読まれるわけがない」などと考えていたんじゃなかろうな。
 ともあれ、日本人は自他共に日記好きだったようです。
 もうちょっと遡っても、明治以後は勿論、江戸時代には士農工商の分け隔てなく日記が多く残っています。そう言えば「無類力士」の称号で知られる江戸時代の大関・雷電爲右衞門も取り組みについての日記を残していた筈。
 さらに遡れば、中世・古代における日記文学は誰もが古文の授業でお世話になったでしょう。
 考えてみれば日本日記文学の嚆矢とされる土佐日記が初っ端から「男もすなる日記といふものを〜」と始まる訳で、当時日記を書くことが珍しくも何ともなかったことを暗示しています。
 底辺が広かったからこそ、質の高い日記も生まれた訳ですな。
 ということは、この日記を含め、多くの有象無象があるからこそ、輝く一部のblogも存在するということであります。
 お後が宜しいようで。


2006年5月4日(木曜日)
 明日コミティアにつき、本日休載。
2006年5月5日(金曜日)
 そんなこんなでコミティア
 なんか隨分久しぶりにサークルの面子が全員揃ったような。
 しかし、毎回のように欠席者が出るサークルってのもな……。
 当日の朝まで悪足掻きをしていたため、徹夜で参戦。当然のようにサークルチェックなどできず。しょーがないので、ぶらぶらと歩き回った。お蔭で思わぬ收穫をいくつか。
 あと、逆転写RNAさんが奥さん同伴で登場。こんなところに連れてくるんかい、と(笑)。
 本の方は、相変わらず捌けていくのは野球本ばかり……。
 これが現実か……。

 「未来を見通せる裁判官、解雇を予想できずという、どうにも論評に窮する記事が。
 フィリピンの司法制度には明るくないのですが、自分の裁判の判事が「想像上のこびとに相談に乗ってもらっている」「未来を見通せる」とか発言するような人だったら、問答無用で忌避しますな。「電波を受信している」なら一考の余地があるかもしれないけれど(あるのか?)。

 「ネット配信全面解禁を検討 50万本のNHK番組というのには全面賛成。NHKの持っているコンテンツは私たちの受信料で作られたものですからして、お蔵入りなどは許されません。何時でも見られるようにしろーっ。
 あとは、CS等の有料チャンネルへの参入を許可してはどうかと。たとえばCSに24時間NHKニュース/ドキュメンタリーチャンネルとかあったら、CS放送全体の活性化に繋がると思います。


2006年5月6日(土曜日)
 さとみくんによると『最近、「〜を使うべき10の理由」っといったOS啓蒙がまた流行って』るんだそうな。どこら辺の話なんだろう。
 それはともかく、私が超漢字を使う理由なんて、TADと実身/仮身と多漢字(概ね文字検索小物)だけですな。10もない。
 操作体系とかって好みもあるだろうし、何より慣れの問題だろうしね。多くの人がWindowsでパソコン原初体験を得ている以上、「Windowsと違う操作体系」はデメリットにしかならない、という見方も成立するわけで。
 ただ、圧倒的に超漢字が使い易いと言える点があるとしたら、TADと実身/仮身によって裏付けられたハイパーテキスト文書の作りやすさなんだけど、そんなもんがどれほどの利点なのかといわれると、説明し難い。紙に印刷できない複雑怪奇な連絡をした文書塊を容易に作れると言って、それが利点だと見拔ける人間がどれほどいるやら……。
 まあ、文書に図を張り込む時に、開いた仮身とか使うと凄く便利なんだけど、OLEでも同じことができると言われりゃそこまでだしなー。

 いやむしろ、OSの魅力ではなく、周辺の魅力から説いてはどうか?
 優しい先達が疑問点に素早くお答え、とか、BTRON Clubに入ると漏れなく坂村先生の法話が、とか、Bクラで発表を続ければ出家の道が!とか。
 ……最後のはどうよ?

 漢字?
 今私は、TRONの漢字問題については一切語ることができない。
 私の心象風景を描写すれば、それはマリンスノーの降りつむ寂寞たる深海の底に横たわる鯨の死骸だろうか。

 休日なので、一度やっておこうと思って、五反田坂村城まで自転車で走ってみる。距離は約20km。私の平均時速は20km/hを超えるので、信号がなければ1時間で着く計算だ。もっとも、信号その他があるので、70分を見込んだ。
 で、実際走ってみてほぼ時間通りに到着。
 サイクリング・コンピュータの表示によると、走行距離が20.51km、平均時速が22.7km/h、走行時間が54分11秒。実際の走行時間が69分だったので、途中信号待ちだけで15分程使っている計算になるか。
 信号待ち時間が同じであると仮定したとき、この距離を一時間で走るには、平均時速を27km/hまで上げないといけない計算になる。経験則的に巡航速度は平均時速+5km/hなので、概ね32km/hで巡航せんとあかんわけだ。
 うーむ……。
 今の自転車ではきついなぁ……。
 私、画伯なんかとちがって自転車ヲタと違うし。

 野中広務元官房長官が日本が「アメリカの51番目の州に成り下がる」と発言したとか。
 個人的には「51番目の州なら大したことだ」と思いますが。
 恐らく野中氏は米国には準州や自治領、自由連合州が存在することを知らないのでしょう。
 例えば米軍基地が集中するグアムはグアム準州であり、上院でも下院でも議決には加われませんし、大統領選挙人を選ぶ権利もありません。
 米領ヴァージン諸島は自治領でパナマ運河防衛のためにデンマークから購入された土地です。こちらも下院に議決権のない議員を送れるだけで、その他選挙には参加できません。
 日本がもしアメリカに飲み込まれるのであれば、州ではない可能性があることを、野中氏は考えるべきです。もし正式な州であれば、人口に応じて下院議員の定数が割り振られ、上院には二名を送り込み、その合計数の大統領選挙人を選ぶことができます。そしてその数は、全体の1/3に迫る筈です。早い話、“日本州”の意見が米国の1/3を占めることになり、米国は日本州の意見をこれまで以上に無視できなくなる可能性の方が高い。州によっては自分たちの意見を連邦議会で通すために日本州との合従連衡を企図するようになるでしょうから、米国内での地位は必然的に高いものとなるでしょう。
 ですから、米国がもし日本を併呑するということになれば、州としてではなく、準州あるいは自治領、自由連合州などという形にさせられる可能性は小さくないでしょう。
 私個人の意見としては、州になれるチャンスがあるなら、真剣に考えるべき選択の一つではないかと思いますよ。


2006年5月7日(日曜日)
 今日で連休も終わり。明日からまたあの不毛な作業に勤しまねばならないかと思うと、突発的に北の大地でも見に新潟港へ行ってしまいそうだ。(北違い)

 ゲイルズバーグとジェニィはSF―サイエンス・フィクション―ではなくて、ファンタジィだ。だってそうだろう? 科学の科の字も出てきやしないじゃないか。そもそもその2作はファンタジィ、それも古典ファンタジィとして書かれたものなんだしね。>Genesisさん
 あれをSFに分類されたら、古典ファンタジィ(あるいはロー・ファンタジィ)書きは立つ瀬がないさー(笑)。
上記訳:私は古典ファンタジーが好きなんだ。

 昔々にダウンロードしたはずのツールが、HDDの中から見付け出せずに挫折し、google先生に頼って電網大海から見つけてさてどこに保存するかなと思ってディレクトリを辿っていったら、同名のファイルを発見したという愚話。

 spamの中に、bodyのない、ヘッダのみのものが散見される。恐らくメールアカウントが生きているかどうかだけを確認するために送っているんだろうが、こういうものに対して550を返すサービスとか作ってくれんものだろうか>ISP各位


2006年5月8日(月曜日)
 今年1月に射上げられた陸域観測技術衛星“だいち”ですが、軍事転用の虞からデータの公開制限するそうな
 以前ちらっと書きましたが、基本的にはどこでも撮れるので、日本にとっての仮想敵国のみならず、全く無関係にドンパチやってる第三国同士の関係にも影響を与えかねない訳で、公開を制限したいと欲求することは全く自然です。
 意味があるかどうかはともかく。
 どっちかというと日本の防衛というよりも、外交の手札の一つって感じですかね。軍事技術的にはないよりあったほうが嬉しいって位ですので、データの提供先を国が選ぶことによって外交上の交渉に使えるというのが、一番の利点かと。
 つまり、他国に公開していない観測データを同盟国だけに渡す、などですね。データそのものにどの程度の意味があるかよりも、データを渡すことにこそ意味がある。そのことによって世界を色分けし、敵にはより大きな圧力を与え、味方とはより強い連携を得る、と。
 そういうことを考えるようになったというだけでも、隨分な進歩かと。

 なんかさとみくんがやっていたので私もやってみることにした>ロケット分析機

ロケット分析機による小熊善之の解析結果

小熊善之の64%は高信頼性部品で出来ています
小熊善之の22%はトランスポンダで出来ています
小熊善之の8%はへら絞り加工で出来ています
小熊善之の4%はど根性で出来ています
小熊善之の2%はLNGで出来ています
 なんかロケットじゃなくてこれじゃフェアリングとその中にいる衛星のことのよーだ。
 ど根性はいらんですよ。

 久しぶりに8時間仕事したらストレスが凄くて家に帰って自転車に乗ろうと思ったのに雨で果たせず。
 あ〜う〜。


2006年5月9日(火曜日)
 PlayStation 3は11月11日発売で、価格は59,8000から
 何ができるんだろうなー、この機械(笑)。
 ていうか、Linuxマシンだよな、これ、とか思ってしまう辺りがかなりアレ。
 もう、Mac見てBSDマシンだよな、これ、とか思うくらい(爆)。

 その一方で、3D CGの分野を切り拓いたSGI連邦破産法11条申請ですか……。
 時代といえば時代なんだろうけど……物悲しいものがあるね。

 NHKのニュースで、「弱視対応のコピー機で研究会というのが。
 研究会が開かれた場所は東大らしいんだけど、センセは関係していないのかな。
 最近のコピー機は、健常者でも機能が多すぎて使い方がわかんねぇッス。

 ちょっと古いネタですが「「強制的にCMを見せる」技術、フィリップスが発明」と。
 えー。こんなものが装着されたら、私テレビ放送見なくなるよ。


2006年5月10日(水曜日)
 歯医者に行って帰ってくると、なんか今一つ体調が優れない。
 とっとと寝るべきであろうか。
 なんとなく本の読み過ぎという気もしなくもないが。
 二日で5冊は流石にキツイわ。

2006年5月11日(木曜日)
 早目に寝たので目覚めもすっきり。朝ちょっくら早目に家を出る余裕すらあった。
 が、
 こんな日に限って京浜東北線が信号故障でストップ。行き場を失った通勤難民の群れが南北線を直撃。文庫本を広げるどころか、ポケットに突っ込んであったカードキーが人の圧力で割れるんじゃないかと心配しなきゃいけない有り様。
 ワンマン運転で安全マージンの大きい南北線は、過剰乗車に弱いもんで、駅に着けば何度も扉が開閉して電車が遅れる遅れる。18分遅れとか言われてどうしてくれようかと。電車が遅れると運行間隔が広がってホームに人が溢れて更に過剰乗車に繋がるという悪循環。
 一日の働く意欲が出勤前にゼロになりました。

 そう言えば昔寺田寅彦が電車の混雑について何か書いていた筈だと思って、寺田寅彦隨筆集を引っ張り出してみる。
 大正11(1922)年9月に書かれた「電車の混雜に就いて」だった。寺田は1878年生まれなので、この年46歳である。(青空文庫版へのリンク

 満員電車の吊革に縋つて、押され突かれ、揉まれ、踏まれるのは、多少でも亀裂の入つた肉体と、其為に薄弱になつて居る神経との所有者に取つては、殆ど堪へ難い苛責である。其影響は単に其場限りでなくて、下車した後の数時間後迄も継続する。
(原文旧漢字)
 という、いきなり激しく肯いてしまうような書き出しでこの隨筆は始まる。
 そして僅か数行の後に、結論が書かれている。

 必ず空いた電車に乗る為に採るべき方法は極めて平凡で簡単である。それは空いた電車の来る迄、気永く待つといふ方法である。
 ……。
 その後、延々と数学的な考察が続く。電車の運行速度とその搖らぎによって運行の疎密が生まれることを説明し、運行密度の律動を証明する。次いでこの運行疎密に対する乗客の行動を分析し、遅れた電車にはより多くの人間が乗り込み益々混雑することを統計的に導いていく。
 凄まじいのは、理論を導いたところで、実際に東京市電を観察して実証までして疎密の間隔は3〜4輛であると喝破する。まったくもってお茶目なオッサンだ。
 そして遂にはこう結論づける。
……即ち「来かゝつた最初の電車に乗る人は、空いた電車に逢ふ機会よりも込んだのに乗る機会の方が可也に多い。」
 此のやうにして、込んだ車には益〻多くの人が乗るとすれば、此の電車は益〻規定時間よりも遅れる為に、更に又混雑を増す勘定である。
 此れを詮じつめると最後に出て来る結論は妙なものになる。即ち「第一に、東京市内電車の乗客の大多数は――仮令無意識とはいへ――自ら求めて満員電車を選んで乗つて居る。第二には、さうすることによつて、自ら其等の満員電車の満員混雑の程度を益〻増進するやうに努力して居る。」
 全く脱帽だ。
 しかも挙げ句の果てには「もし此れがをかしいと思はれるなら、其れは私の議論がをかしいのではなくて、さういふ事実がをかしいのであらう」とまで言い切ってしまっている。自分が正しく世界がおかしいと言い切ってしまえるとは、なんだか親近感が涌いてきそうだ。きっとこのオッサンは自分のことを凡人か常識人だと思っていたに違いない。
 ともあれ、寺田寅彦は次のように対策を提言する。
……乗客自身が、行き当たつた最初の車にどうでも乗るといふ欲求を幾分でも控へて、三十秒乃至二分位の貴重な時間を犠牲にしても、次の空いた電車に乗るやうな方針をとるのが捷徑である。
 朝の南北線など4〜5分間隔で運行されているから、15分から20分も待てば、空いた電車に乗れるというわけか。先人の知恵というのは偉大なものだ。
 なお、寺田は万人には勧めないことを次の文で明らかにしているので、私も注意書として引用しておこうと思う。
 併し満員電車を嫌ふか好くかは「趣味」の問題であらうから、多数の乗客が若し満員電車に先を争つて乗る事に特別な興味と享楽を感じるならば、それは致方がない。
 これまた首が壊れるほどに首肯する外ない。
 私は満員電車など反吐が出るほど嫌いだが、寺田が上のような提案をしてから85年近く。事態に一向の改善が見られないところを鑑みれば、恐らく東京圏内住人の殆どは、満員電車に乗る事に特別な快楽を感じているのであろう。

2006年5月12日(金曜日)
 と、いうわけで、いきなり寺田寅彦の言う方法を試してみている私。なんと、途中から座れたよ。
 先人の智慧は偉大だ。

 徳間書店からサダム・フセイン著の小説が出版されるそうな。
 怖いもの見たさで買ってしまいそうだ。
 ところでこの作品の印税は、やはりサダムの裁判費用になるのであろうか?

 ところで、ふと思い付いて訳者の名前で検索をかけてみたら……あ゛……
 駄目だ。興味が止まらん。
(でも脳裡によぎっているのが怪人さかな男という辺りでもう駄目っぽい)


2006年5月13日(土曜日)
 お買い物行脚で王子→池袋→新宿→神保町→秋葉原→王子という移動……。晴れていれば、自転車だったんだろうけど。

 なんか中国が割り箸に続いて、コンクリ用の砂の輸出を止めるんだとかで、日本に打撃とか報じられていますが、なんか良く分からない。日本で使われるコンクリ用砂の95%は国産で、輸入砂の95%が中国産だそうな。計算するところ、国内で流通するコンクリ用砂の4.75%が中国産ということになる。
 ……。これがどのような打撃に繋がるのか、数字だけでは良く分かりませんなぁ……。
 割り箸については、割り箸がなくなったら、普通の箸を持ち歩けば良い話だからねぇ。そういえば画伯が面白い箸を持ち歩いていたな。

 Phinlodaさんのblogで「nikkansports.com のニュースに出てきた負符号の解釈」というハナシが。(続き1,2
 私も過去に朝日新聞の「ニつの」(片仮名の「ニ」になっている)を揶揄ったことがありますが、マイナス/ハイフンあるいはそれに準ずる記号はJIS X 0208で6種類もあったりするわけで、使い分けに失敗することはありますわな。新聞記事の場合、本来校閲部が直すべきなんでしょうが、校閲部の能力の減退が叫ばれるここ数年なので、文字コードにまで踏み込んだ校閲のできる人材がいないのではないかという恐れはありますな。いても嫌だけど。
 ただ、情報の最終的な受け手であるニンゲン様は、所詮Mk.Iアイボールでもって印刷された墨の影を判読しているわけで、文字コードを読んでいるわけじゃないんですよね。そんでもって文字の使われ方は必ずしもその文字の論理的な意味とは一致しない。
 別にこの辺は日本語に限った話ではなくて、英語でも「P2P」の「2」は数値を表していないとか、ごろごろ転がっています。一々目くじらを立てていると、世界皇帝になって焚書坑儒を敷く夢見るようになってしまい、真に健康によろしくない。
 このような話題には近付かない方が賢明というものだろう。

 そういえば、「炭疽菌」を誤って「炭疸菌」と書いているサイトもかなりあるのですが、多分これも殆どの人は誤記を誤読して正常に読んでしまうんだろうなぁ。
 人間って素晴らしい(投げ遣り)。

 エンドユーザさんは文字を適当に扱っても誰も文句は言いませんが(誤字脱字の指摘くらいは受けるだろうが)、文字の規格作る人やそれに基づいた製品作る人はそういうわけにもいかんのが悩ましいです。
 毎日毎日漢字見続けて誤刻のチェックなんかしていると、なんで俺こんな奇天烈な仕事してるんだろうかとか、思い悩んだりしたくなりますね。
 もちろん給料のためですが。


2006年5月14日(日曜日)
 体調が優れないので午後薬を飲んで一休みしたら、夕刻まで眠ってしまった。
 最近こんな週末ばかりのような気がする。
 ふう……。

 図書館に行って借りていた本を返して(なんとか読み終えられた)、昨日サドルを交換した自転車に跨って、ひとっ走り20kmほど。
 何も考えずに飛鳥山に登って明治通り→白山通り→靖国通り→中央通りと進行。靖国通りから中央通りに入る時に、万世橋の方へショートカットしたら、もの凄い人だかり。
 何事かと思ったら、交通博物館から“螢の光”が流れていた。ああ、そう言えば今日が閉館日だったか。
 気にも止めずに、時速20kmほどまで減速して車道を自転車で突っ切る。はっきり言って人間邪魔。車道はクルマのものだぞ。
 秋葉原でちょっとだけDVD-Rを買って、昭和通りを三ノ輪方向へ進行し、三ノ輪から明治通りに入って王子まで。

 家に帰って、HDDレコーダからDVDに番組を焼いてみる。おおよそ2時間しか入らんってのは、かなり窮屈だなー。フルDVのLPモード405分に慣れている人間としては、1時間番組が2本しか入らんのはちょっと厳しい。かといって、DLディスクを束で買って来るほど粹狂でもなく。ビットレートを下げるのも嫌だし。
 ままならんものだ。まあ、DVがもう終わりっぽいので、撮り溜めたDVをDVDに移さんとあかんという事情がなかったら、こんなもん買わんかったろうなぁ……。
 便利は便利だけど。毎日勝手にクローズアップ現代とか撮らせてる私。

 ブラジルより、「犯罪組織が警察署など襲撃52人死亡とかいう報が。
 いやいや、凄いもんだ。犯罪組織というよりも、最早反政府ゲリラに近いな。正面切って警察を襲撃できるってのは、ハンパじゃねぇというか、想像の外ですわ。
 一体ブラジルってのはどんな国やねん。


2006年5月15日(月曜日)
 朝のNHK「おはよう日本」で相変わらずWinnyの話題を流していたんですが、一方で『中部電力の火力発電所資料が流出、「Winny」は削除するも「Share」を使用』なんて下らない記事が踊る今日この頃。
 確か国の情報セキュリティセンターの方では「最も確実な対策はWinnyを使わないこと」とか仰っておられたような気がするのですが、今頃どのようにお考えになっておられるものでしょうか。この程度の予測が出来ない人間がその職務に就いていたとしたら、能力がないので馘にすべきだと思いますな。予測していたのにあのような文書を公開したのであれば、このような事態を意図的に引き起こした疑いがあるので、処罰を検討すべきでしょうか。
 なんにせ「Winnyが」という段階は終わったわけです。

 最近すっかりご無沙汰していた感のある、宇宙ネタ。
 スペースシャトルの2007年末のミッションに土井さんが乗って、ISSへの「きぼう」モジュールの取り付けを行うとか報じられていますが、個人的には、もういい加減止めてくれって感じです。
 シャトルの運用が残り19回、それすらも危ういと言われている状況で日本のモジュールがISSに取り付けられてしまったら、それこそ「軌道に上がって梯子を外される」状況です。最悪の場合――つまり、モジュールの取り付けが終わってからシャトルに致命的な事故が発生した場合――何の方策もなく無人の「きぼう」が軌道を回り続けることになります。
 日本の宇宙開発の現状では、「きぼう」モジュールはお荷物になる可能性の方が遙かに大きいものです。
 せめて、自力でISSまで人間を送り込めるのであれば、話は違ったのですが……。
 むしろ、そうなるべきだったと、強く強く思います。


2006年5月16日(火曜日)
 なんか昨日の日記Uploadすんの忘れてたみたいだ。
 別に、この日記読まなきゃ死んでしまう!とかいう人もいないだろうから、いいけど(苦笑)。

 朝方、降るかな?と思って傘を持って出かけたのですが、夕刻には曇り空に朱が射すくらいの天気になっていたので、いそいそと帰って自転車に跨る。
 とりあえず「いつものルート」を22km程。
 途中神保町(約10km地点)に寄って、三省堂を冷やかす。20時まで営業しているのがあり難い。
 入ってすぐに、がらんとした平台があって、なんじゃこりゃ?と思ったのだが、壁のポスターを見て得心が行った。なるほど、明日は初版200万部というお化け商品の発売日だったか。
 あれは凄まじいシロモノで、日本の書籍の一ヶ月分の売上を1タイトルで叩き出すと言われています。当然そんなものを刷らなければいけない印刷所のスケジュールも最優先に調整され、最終小売りである書店は見世棚に山脈を作るわけです。しかし書店からしてみると、あれは買切り商品なのでリスクが大きく、売上部数を読み違えれば赤字を産み出す魔の商品でもあります。
 日本の出版業界の悲喜交々を載せて、上下巻セット3,990円(税込み)が乱舞する17日です。
 なお、私は明日神保町に行く予定はありません。


2006年5月17日(水曜日)
 仕事が跳ねてから、第2回デジタル音楽勉強会へ。
 家に帰りついたら22時過ぎ。
 そこからノルマ消化のために読書(もう何の為に本読んでんだか)。ここ以外の日記をざっと書く。風呂に入りながら読書。気がつけば長風呂の果てに読了。空腹を抱えてどうしようか悩む。夜食を作るべきか、空きっ腹を抱えて寝るべきか……。

 先日のネタの続きになるが、Phinlodaさんが「表現カ」なるものを紹介していた
 「表現カ」……一体それはなんなのだろうか。試みにGoogleで検索してみると、acドメインやedドメインが多く引っ掛かる。教育用語の一つなのかと思わず納得してしまいそうなくらいだ。一体どういう経緯でこのような誤記が発生するのか、そのメカニズムが想像できないのが、怖い。
 この世界には私には理解できないものが多すぎて困る。

 ただでさえスケジュール帳がややこしいことになりつつあるのに、家族の方でまた一波乱の予告。


2006年5月18日(木曜日)
 祖父逝去の報。これより帰郷。

2006年5月22日(月曜日)
 というわけで、ようやく東京に戻ってきました。
 戻って来たら来たで、掃除やら洗濯やら洗い物やら荷物の片付けやら……。
 日記で言及したいニュースも少なくないのだけれど、とても今日はそんなことはしてられそうにない……。

2006年5月23日(火曜日)
 ね、眠い……駄目だ……。
 体制の立て直しが済むまで、日記はこんな感じかなぁ。

2006年5月24日(水曜日)
 しっちゃかめっちゃかの日々はもう少し続くらしい。
 なんかこう、魔法の杖でも……(以下略)

 14日に伝えられたサンパウロでの事件ですが、一週間以上経っても断続的に戦鬪が続いており、襲撃初日以来の死者が150人以上に上っているそうな。問題の犯罪組織・首都第一コマンドとの戦鬪で、警察・軍警察の弾薬が不足気味になっているとか聞くと、もうこりゃ内戦状態だね、と。
 下手したら、バグダッドより危険なんじゃないか?

 きさらちゃんYashiromannくんが採り上げていたVoCEの件。
 私自身は記事を読んでいないので、当事者でもないこともあり、寸評するにも情報が少ないのですが、潜入取材だの盗撮だのは、取材方法の一つとして認められるとは思いますが、執事喫茶を相手にして使う手段じゃないと思います。潜入取材や盗撮といった合法性が確信できない取材方法は、他に手段がないとき、それでも報じなければならないという強い意志と共に遂行されるべきものです。
 他者の権利の侵害となる可能性が非常に高い手段なのですから、結果が相応に社会的な利益に繋がらなければ、単なる犯罪になりかねません。結果、単なる犯罪となって罰せられる、そこまでいかないにしても社会問題化すれば、待っているのは潜入取材等の非合法化であり、報道の自由の束縛でしょうよ。報道の自由が自らの首を絞めることになるわけですな。
 報道の自由がどうのこうのと声高に主張するのは結構なのですが、それを保障するのもまた自分たちの行動であることを自覚すべきなんではないでしょうかね。

 類似の事例として、日テレのアナウンサーが盗撮で逮捕された件。
 私自身は犯罪報道は匿名で行う方が理に適っていると思うのですが、確か報道各社は実名報道を主張していた筈。そういえば朝日新聞も社内の殴り合い事件では実名を報道していなかったな。
 犯罪報道が匿名で良いというのには条件があって、それは知りたいと思う人には実名を知りうる手段を用意すること。裁判所でも警察署でも、然るべき手続きを経れば理由の如何を問わず必要な情報が手に入る制度があることが前提です。
 その上でなぜ匿名で報道するのかと言われれば、大多数の人間にとって逮捕者の名前など、実名でも匿名でも大した差がないからです。逮捕者は裁判によって刑が確定するまでは被疑者であり、もしかしたら無罪になるかも知れない市民である、というのが大原則です。ということは、受刑者になるまでは裁判所の命令を除いて人権を制限される謂れはないわけで、そういう状態にある人物の実名を得々と報道することが後々にまで与える影響を考えれば、匿名である方が合理であると私は考えます。
 どうせ公判が開かれれば記録が取られて、その記録を閲覧すりゃ基本的に実名はわかるわけで、そこまでする意志と必要のある人間だけが知ってりゃ済むことだと私は思います。


2006年5月25日(木曜日)
 ようやくドタバタ生活にも先が見えてきた……って、今週一杯は駄目っぽいな、こりゃ(苦笑)。

 旧聞に属するのかもしれないが、セルビア・モンテネグロのモンテネグロで独立を問う投票が行われ、結果は独立となったそうな。
 これで旧ユーゴスラビア諸国は全て離散したことになるのかな。「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家」。かつて、そこにはユーゴスラビアという国があったんだ……、と昔話をしなければならなくなる日も遠くないな(笑)。
 スロベニアクロアチアボスニア・ヘルツェゴビナマケドニア、そしてセルビア・モンテネグロと、思えばよくもまあこれだけの国を纏めていたものだ。チトー元帥の凄さを思い知らされる。
 歴史学徒として、卓拔した個人が能力を発揮し、余人には不可能と思える偉業を成すことを良く知っているが、一方で、その卓拔した個人が喪われた時の脆さも同時に考えてしまう。
 民主主義は突出した才能を必要としないというか敢えて否定する様式だったりするわけだが、それ故にシステムが一度確立すると崩壊し難いように思う。
 それまでが大変なんだが……。

 そう言えば2002年に独立した東ティモールですが、軍の内紛から首都が騒乱状態に陥り、政府の求めによって豪軍他が上陸したとか。
 独立プロセスに際しては自衛隊も小さくない働きをしたのですが、なかなか、物事ってのは上手く運ばないものです。


2006年5月26日(金曜日)
 なんか毎日どこかから内戦の報が飛び込んで来る今日この頃ですが、スリランカからタミル・イーラム解放の虎が再び活動を始めるのではないかという不穏な話が。
 ……次はIRAだったりしないよな?

 ようやく体の方が慣れてきたのか、電車の中だけで片道200pを達成。


2006年5月27日(土曜日)
 昨日のことになるが、何やら地下鉄が遅れていたらしく、ホームに人が溢れんばかりだった。
 当然遅れてきた車輛にも、人が多く乗り込んでいた。
 そして開いたドアに向かって、ホームに待受けていた人達が一斉に殺到……。
 私は寺田寅彦の偉大さを噛み締めながら、東京に住む人たちは奇特な趣味を持った人が多いものだ、と慨嘆しながら目の前の電車を見送った。
 次の電車は人も少なく、飯田橋からは座ることさえできた。

 メイドとゴスロリの違いについて熱く語っていたミツルん経由、「愛国心:通知表評価項目に 埼玉で52小学校、愛知もという記事。
 愛国心を学校で教えるのも奇妙な話なら、それを評価しようというのもまた困難極まりない。一言で国を愛すると言っても、愛し方などいくらでもあるだろうにとか思ってしまう。尾崎秀実だって日本を愛していたのに。
 国旗掲揚・国歌斉唱については、私は儀礼だと思っている。早い話、日本であれば日の丸・君が代だし、米国に行けば共に“星条旗”だ。米国でメジャーの試合の前に国旗掲揚・国歌斉唱があるが、このような場合に起立脱帽し敬礼するのは、儀礼である。オリンピックの表彰式で金メダルの選手を称える為に、選手の在籍国の国歌が吹奏されるが、それに対して気分が悪いと言って席を蹴れば、それは礼儀知らずの蛮行でしかない。
 というわけで、私は儀礼は守られる範囲において守るべきであると考えている。
 公教育に求めるのは、そういう儀礼を守るべき空間において儀礼を守ることの意味を教えることだろうか。それ以上のことは個人の信条の問題だろうから。

 「国内open proxyの現状」を見ると、YBBが半分ですか……。それと「こりゃ英和」と東芝のRDが原因ではワンツーフィニッシュ。一度撒かれた種の回收の困難さは、何もP2Pに限らないという話ですかね、これは。

 風の噂に聞くところでは、はくほー氏コミケ初サークル参加が決まったらしい。


2006年5月29日(月曜日)
 昨日日記が書けなかったので、昨日の分から。

 年に一度の心の癒しを求めてNHK技研一般公開へ。
 最初の入口ホールで説明員をいぢめて質問攻めにして楽しんだ後、スーパーハイビジョンのシアターに入ると、後ろから肩を叩かれる。誰かと思って振り向けば、そこには逆転写RNAさんが一人で。
 以後二人でやいやい言いながら展示ブースを回ることに。
 “ミリ波モバイルカメラ”を見て、「身長2m体重150kgくらいの人間が担ぐんか、あれ?」とかツッコミまくる。
 NHKの技術の応用分野に「軍事」がないのが寂しい、とかとか。
 たっぷり技研を堪能して、バスで渋谷へ。渋谷から地下鉄で神保町へ行ったら、わかつきめぐみの新刊があったのでこれをGet。空を見ると晴れてきていて、これは家に取って返して自転車に乗るべきではないか、と思い付いて、いそいそと自宅へ。
 しかし帰宅途中で頭痛がひどくなってきたので、鎮痛剤を飲んで、薬が効いて来るまでちょっと横になった……ら、そのまま翌朝まで眠ってしまった次第。
 睡眠時間は11時間ほどだった(おい)。

 でまあ、なんか日曜日の半分くらいを損した気分になりながら、月曜日を迎えてしまったわけですよ。
 月曜は月曜で、只ひたすらの日々。
 地道かつハイストレスなお仕事なので、余り根を詰めると自分自身の体がぶっ壊れてしまうので、適当に力を抜きながらお仕事。
 “頑張る”のは私の性に合わんのだがねぇ。


2006年5月30日(火曜日)
 天気が悪くなさそうだったので、いそいそとお家に帰って自転車でひとっ走り……と思っていたのに、北区はザンザン降りだった。

 「日本語分からない日系人、在留資格更新せず 法務省試案とかいう話は、それほど他人事でもなかったり。
 以前から何度かこの日記で触れているように、一体なんで血縁だからという理由でほいほい受け容れたのか、そっちの方が良く分かりません。
 フィリピン人なんかだと、日本へ出稼ぎに行くにも、芸能ビザを取得するためにそれなりに苦労しているなんてことを知っていたりすると、単に日本人の血を引いているからという理由でほいほい入国できる人達というのは、差別ではなかろうかと思ったりするわけです。
 取り敢えずこれまでの受け容れ政策を見直すのは良いことです。問題は、次の施策がきちんと定まるかどうかですが……。

 一方で非日本語母語者に対する日本語教育の方はどうなってるのよと言うと「日本語教育充実しててな具合でして。
 日本国内における日本語教育(国語教育に非ず)のおざなり具合ってのも隨分年季が入っている話で、私が中高生の頃には既に外国人労働者の日本語教育問題ってのは小さくない問題になっていた筈なのに、15年以上も放置した挙げ句、今ではその子弟の教育問題にまで膨れ上がっております。今後も早急な問題解決が見込めない辺り、なおのこと問題ですね。日本語教育法の研究もあんまり進んでいなかったりするので、結局のところ現場の教師たちの熱意と努力でなんとかするしかないのかねーとか思わなくもないのですが、その場合現場の判断・能力によって結果にバラ付きが生じてしまうのですよね。
 最近、戦前の台湾など殖民地での日本語教育についての研究文献など読みましたが、当時から日本語をいかに教えるかで侃侃諤諤の議論を繰り広げておりまして、もしかしてこの不毛な議論(例えば「簡易日本語」だとか「日本語・日本文化不可分論」だとか)を蒸し返すことになるのかと思うと、それはそれで目を瞑って臭いものに蓋をしたいと思わなくもなかったりして。


2006年5月31日(水曜日)
 五日目の月を西の空に見ながら、走る。

 小惑星探査機はやぶさイオンエンジン起動試験に成功!!
 これで本当に戻ってこれるかも知れない……!
 もうスリルとサスペンスとプロジェクトXはいいから、順調に戻ってきてくれ〜。

 未読書も積み上がってるんだけど、読み終わって未整理の既読書の積み上がり方が半端じゃなくなってきているんですが、どうしましょ、これ……。
 とっととLNWとかに感想書いて片したいんだけど。